“パンダ”と愛された元助っ人が語る阪神。甲子園の熱狂は「人生で一番」、日本は「練習は試合さながらだった」

“パンダ”と愛された元助っ人が語る阪神。甲子園の熱狂は「人生で一番」、日本は「練習は試合さながらだった」

アメリカでは鳴かず飛ばずだったロジャース。そんな彼が心機一転を図って、移籍したのが、阪神だった。(C)Getty Images

大記録を残したわけでもなければ、半年も経たずクビになっている。だが、その愛くるしい見た目と明るいキャラクターから、熱狂的な虎党たちからも愛された。元阪神タイガースのジェイソン・ロジャースである。
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 ロジャースが日本へやってきたのは、メジャーでの出場機会が乏しかった2017年7月だった。当時、深刻な打撃不振に陥っていたチームのいわば起爆剤として、シーズン途中での入団を果たしたのである。決して本塁打を量産するような派手なバッターではなかった。だが、広角に打ち分けられる打撃、そして内外野をマルチにこなせる守備力、そして何より「陽気で人懐っこい」とチーム首脳陣が認めるほどの明るい性格が評価された。

 活躍期間は3か月もなかった。40試合出場で打率.252(123打数31安打)、5本塁打、23打点と目立った成績を残せなかった彼は、シーズン終了を待たずして自由契約に。その後に新たなオファーもなく帰国を余儀なくされた。

 それでも“パンダ”の異名で愛された男を覚えている阪神ファンは少なくない。そんなロジャースが、日本時代を振り返っている。
 現在、北米独立リーグのアメリカン・アソシエーションに属するリンカーン・ソルトドッグスでコーチを務めている34歳は、地元紙『Nebraska News Service』で、縦じまのユニホームを身に纏った阪神時代について、こう語っている。

「僕の人生において一番多くのファンの前でプレーしたのがハンシンだった。たしか5万人は超えていたと思うよ。僕は日本の文化はあまりに違っていたからなかなか馴染めなかったんだ。毎日の練習は試合さながらだし、言葉の壁も難しかった。ただ、メジャーリーグより少し下のレベルだけど、いい野球ができる。それは間違いない」

 短期間ではあったが、楽ではなかった日本での生活は指導者人生にも活きている。それはソルトドッグスのブレッド・ジョディー監督も認めるところで、「彼には経験があり、何よりも教養がある。選手ともうまく時間をかけて、知識を共有してくれている」と絶賛している。

 指導者として「彼らを(MLB)傘下のチームか、できればメジャーまで連れていってあげたい」と意気込むロジャース。一部で人気者となった助っ人は、いまも球界の繁栄のために生きている。

構成●THE DIGEST編集部

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