最高の思い出は阿部慎之助との真剣勝負! 元SBホークスのオランダ人投手は母国の野球界で何をしようとしているのか?

最高の思い出は阿部慎之助との真剣勝負! 元SBホークスのオランダ人投手は母国の野球界で何をしようとしているのか?

ソフトバンク、ヤクルトでプレーしたファンデンハーク。母国の野球協会でテクニカル・ディレクターを務めることになった。写真:中田 徹

プロ野球の福岡ソフトバンクホークスのピッチャーとして活躍し、東京ヤクルトスワローズでもプレーしたリック・ファンデンハークが、オランダ野球・ソフトボール協会(KNBSB)のテクニカル・ダイレクターに就任した。
  イタリアと並ぶ欧州の野球強豪国として名高いオランダは、2011年のワールドカップに優勝、WBCでは2度ベスト4に進出するなど、この20年間で世界のトップ10に入る実力を付けた。これをさらにステップアップさせ「世界のトップ5を目指す」というのがKNBSBの目標である。ファンデンハークは代表チームの強化、育成年代の強化、競技の普及、さらにソフトボールなど、協会のTDとして幅広く活躍することが期待されている。

 野球を普及する上でも、NOC*NSF(オランダ・オリンピック委員会)の支援を受けているという点でも、オリンピックでメダルを目指すことはオランダ代表にとって重要なこと。しかし、東京オリンピックの最終予選でオランダは敗れてしまった。選手として東京オリンピックを目指していたファンデンハークは今、TDとして予選敗退をどう分析するのだろうか?

 彼はまず「圧倒的な国際レベルの経験不足」と言った。

「例えば日本。国内競技だけでも、日本は高校野球、大学野球、都市対抗野球、プロ野球といったビッグイベントがあって、ものすごくレベルの高い試合を数多くこなしている。オランダ国内にはそれがありません。国際試合に目を向けると“侍ジャパン(野球の日本代表チーム)”は韓国、台湾、オーストラリアといった国との試合に恵まれています」

 しかし、オランダにはイタリアという宿命のライバルがいるのではないか?

「いや、試合をする機会は限られている。もっと国際試合の経験を、特にユース年代から積んでいかないといけません」

 強豪国の一つだけど、マイナースポーツ――。それがオランダにおける野球の立場だ。代表チームの試合はチケットが売り切れるが、国内リーグは閑散とした雰囲気の中で行われている。彼らの野球人口を増やす努力は続く。

「私の住むアイントホーフェンでは“ピネンボール・トーナメント”というのを開催しています。これはバッティングティーの上に置いたボールを打つ野球です。ピッチャーの投げるボールを打つより簡単なので、いい感触を得ながら打って走ることができます。『これは面白いスポーツだな。もっと極めたいな。野球のクラブに入って上を目指したいな』と感じるきっかけになって欲しいと思います」
【関連記事】「オオタニは神話上の伝説的な何か…」17年WBCのMVP右腕が大谷翔平を大絶賛。圧倒的な才能にベタ惚れ? ファンデンハークが野球を始めたのは、父ビムから影響を受けたから。かつてオランダではサッカーは冬のスポーツで、夏は別のスポーツをする文化があった。

「かつて、サッカークラブは野球チームを作り始めたことがあった。こうしてクライフ、ネースケンス、アドフォカートはサッカーと野球をやっていた」(オランダ人ジャーナリスト)
  ビムも野球とサッカーを両方プレーしていたが、そのうち野球に夢中になるも「17歳の頃に事情があってプレーを断念せざるを得なくなり、父は指導者になった」(ファンデンハーク)のだという。野球の面白さを父から感化されたファンデンハークは、PSV、ツインズを経てアメリカに渡ってマイナーリーグからメジャーリーグへ、韓国プロ野球からNPBへと異文化の世界で経験を積んで成長していった。

「私はアメリカ、韓国、日本でユニークなキャリアを築いてきました。この間の成長は凄まじく、豊富な経験と知識を得ました。私はこれをみんなとシェアしたいのです。そして活用してほしいのです。ぜひ、インスプレーションを受ける若い選手が出てきてほしいです」

 日本で最も記憶に残る美しい思い出はなんだろうか?

「いっぱい……」と言って少し考えてからファンデンバークは答えた。

「阿部さん(阿部慎之助)と2019年の日本シリーズで勝負したこと。阿部さんにとって現役最後の年でした。スーパースターでレジェンド、名捕手だったけれど当時は一塁手、そして好打者。場所は東京ドーム。『彼と勝負ができて最高だ。ありがたい』と私は思いました」

 結果は三振とショートフライだった。

「工藤公康監督(ホークス)、高津臣吾監督(ヤクルト)と一緒に仕事ができたこと。そして王さん(王貞治ホークス会長)。王さんは試合前、必ず『頑張ってね!』って言って握手をしてくれた。それから僕はマウンドに上がっていたんだ」
 
 さらに日本語で2017年日本シリーズ、対横浜ベイスターズを回想してくれた。

「横浜スタジアム。ナンバーワン・バッターの筒香嘉智。『(チャントの)ゴー、ゴー、ツッツゴー!』。時々、ピッチャー、ドックンドックン。すごかった(結果は三振、中越え本塁打)」

 今も日本とのコンタクトはあるのだろうか?

「もちろん! 先週も(ホークスの)通訳、トレーナーと話した。いつか私のプロジェクトに日本の仲間が協力してくれて、オランダで彼らの知識や経験をシェアしてくれたら嬉しいですね」

 まだ36歳の若きテクニカル・ダイレクターは、世界のネットワークを駆使してオランダ野球界の発展を目指す。

取材・文●中田 徹
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