「野球やってるなぁって感じが凄く楽しい」メキシコに近い田舎町で再起を期す安打製造機【秋山翔吾“最後の挑戦”:前編】<SLUGGER>

「野球やってるなぁって感じが凄く楽しい」メキシコに近い田舎町で再起を期す安打製造機【秋山翔吾“最後の挑戦”:前編】<SLUGGER>

パドレスとマイナー契約を交わした秋山。合流直後に本塁打を放つなど、本来の打撃を取り戻しつつある。(写真)ナガオ勝司

灼けつくような暑さを、乾いた空気が和らげていた――。

 摂氏35度前後の高温なのに、汗がほとんど出なかった。テキサス州最西端の町エルパソ。メキシコ国境までほんの数ブロックというダウンタウンの片隅に、サンディエゴ・パドレス傘下のAAA級エルパソ・チワワズの本拠地サウスウェスト・ユニバーシティ・パークはあった。

 秋山翔吾がフィールドに姿を現したのは、ナイトゲームのためにグラウンドクルーがフィールドを整備している午後の早い時間だった。サッカーチームとシェアしているせいだろう、他の球場に比べるとかなり短く刈られた外野の芝の上で、彼はジョギングを始め、そして短いダッシュやストレッチへと移行していく。

 変わってないな、と思う。

 シンシナティ・レッズ=メジャーリーグの華やかな舞台に立っていた時も、マイナーリーグの田舎町の球場にいる時も、彼はいつも自分のやるべきことを心得て準備を進めてきた。
 「勝負を懸けなきゃならないなんてのは、当たり前なんですけど」とサングラス姿の彼は言う。「緊張感はあっても、まだそこまで張り詰めてる感じじゃないんです」

 かと言ってもちろん、緩んでいるわけではない。メジャー復帰を目指しながらも、自分の状態を冷静に判断している「もう一人の秋山」がいるだけのことだ。

▼事実その1
4月5日にレッズから自由契約になって以来、約1か月間、まったく実戦でプレーしていない。

▼事実その2
手続き上の問題で、エルパソ入りしてから10日間近くは契約書にサインできなかった。

▼事実その3
実戦形式の練習などもできないまま、「待ったなし」で公式戦に出ることになった。

 レッズから自由契約になって以来の約40日間、ピッチャーが投げる球も見ていなければ、外野守備もしていない。マイナーリーグでの開幕を普通に迎えた選手たちとコンディションがまったく違って、当然である。

「そういうのは皆、ある程度は分かってくれていたから、『試合に出るのは水曜(5月11日)からでいいよ』って言われてたんです。そしたら、火曜日になって、センターの選手が怪我をして試合に出れないかもしれないから、その時は出てほしいと言われました。結局、それはなくなったんですけど、そこまで気を遣ってくれてるから、最初の試合なんかは『何イニング出るのかな?』とか思ってたら、いきなり延長戦でフル出場でしたし、試合が終わった時には身体中がパンパンに張っていました」 こんな場面があった。秋山がヒットを放って一塁に出塁し、後続打者の打球が三塁線を破る当たりを放った。一塁走者の彼にとっては打球の行方を見ながら走れる絶好の打球だ。しかし――。

「打った瞬間、走りながら『俺の足、行けるのかな?』って思ってましたね。行かなきゃいけないって、野球人としての指令は(脳から)出てるわけですよ。でも、このコンディションで、そのスピードでホームまで行けるの? って、一進一退、考えながら走って、ホームまで還ってきて『ああ良かった、なんとか行けた』みたいな感じでした」

 マイナーリーグはいつも容赦がない。

 昨春のように、怪我のリハビリから復帰するための「調整」でマイナーにいるならともかく、今の彼は他の選手たちと同じように、結果を残してメジャーリーグに這い上がらなければらない立場だ。身体の状態がどうであれ、打撃の調子がどうであれ、容赦なく「結果のみ」を求められる。

 秋山は初出場からの4試合で、自分がそこにいる理由を言葉ではなくプレーで体現してみせた。
  5月14日のマイナー3戦目、彼は初回、左腕投手の外角へのスライダーを完璧に捉え、右中間越えのソロ本塁打とした。それはメジャー142試合で本塁打ゼロだった彼にとって、アメリカにおける初アーチだった。

「去年もマイナーで1本打ってるんですけどね」

 いささか不服そうに彼は言う。それは間違いではない。昨春、レッズ傘下AAA級ルイビル・バッツの一員として出場したオープン戦で、敵地球場のバックスクリーンに一発を叩き込んでいる。ただし、それは練習試合扱いなので、公式記録には残っていない。

「まあでも、その後の打席でもああいう形でヒットが出たから、まとまってヒットが出るとまた印象が違うと思います」

「ああいう形」というのは、二遊間に飛んだゴロを遊撃手がグラブの先に触って抜けていった当たりを指す。解釈としては「理想の打球ではなかったが、ヒットはヒット」。公式記録に「H=ヒット」と書き記されるのと、「E=エラー」と書かれるのは大違いだ。 前述の通り、メジャーの首脳陣はまず「◯打数◯安打」というような簡単な「結果」から見る。彼らがマイナー選手の守備や走塁を含め、その内容や詳細について現場に質問するのはそれからだ。

 秋山は翌日、さらに「結果」を出した。最初の3試合は下位打線だったのが、マイナー出場4試合目にして「1番・センター」で出場。この試合で彼は3点タイムリー三塁打を含む、6打数3安打3打点と大暴れした。

「久しぶりに良い感触で捉えられた。課題としては、インサイドの球にもう少しスムーズにバットが出てくれないかなと思う。結果は結果として受け止めて、内容をもっと詰めていきたいですね」

 謙虚というより、客観……いや、達観と言うべきか。いくら「結果」を残してもメジャーへ昇格できないこともある。だが、それでも「結果」を残さなければならないのがマイナーリーグという世界だ。
 「メジャーにどんな選手が必要なのか? というのはその時その時だと思いますけど、まずは結果を出さなきゃならない。でも、結果だけじゃなくて、内容だったり姿勢だったり、仕草だったりだとか、ベンチでのコミュニケーションとか、すべての面で常に見られていると思ってやっています。そういうのは野球選手になってからは特に意識はしてますけど、どんな形でもいろんな人から認められるような形にしたいなと思います」

 その言葉通り、秋山は「ヒットが出るに越したことはないが、1本のヒットや、1試合の活躍で浮かれている場合じゃない」と至って平坦な気持ちでプレーしている。マイナーでの最初の4試合で20打数7安打6打点、打率3割5分と絶好のスタートである。

「結果的にヒットが出て、野球やってるなぁって感じが凄く楽しい」

 楽しい、なんて言葉を彼の口から聞いたのは、いつ以来だろう。

 思い出すのは、「楽しくない」ことばかりだ。去年の今頃、3安打した翌日にベンチを温めたこと。ヒットを打っても、守備でファインプレーを披露しても、状況が決して変わらなかったこと。すでに長打偏重主義に転じていたチーム事情のお陰で、控えに甘んじなければならなかったこと。そんな状況を打開するため、少しでも長打が出るように長年培った打撃を変えようとしたこと……。

 そして、今年の4月3日にレッズの開幕ロースターから外れたことが発表され、その2日後に自由契約となり、エルパソへとたどり着いた。

 その道のりは、とても平坦と言えるものではなかったーー。

【後編に続く】

文●ナガオ勝司

【著者プロフィール】
シカゴ郊外在住のフリーランスライター。'97年に渡米し、アイオワ州のマイナーリーグ球団で取材活動を始め、ロードアイランド州に転居した'01年からはメジャーリーグが主な取材現場になるも、リトルリーグや女子サッカー、F1GPやフェンシングなど多岐に渡る。'08年より全米野球記者協会会員となり、現在は米野球殿堂の投票資格を有する。日米で職歴多数。私見ツイッター@KATNGO

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