近鉄からのドラフト1位指名を拒否――福留孝介は「パ・リーグ不遇の時代」最後の象徴だった<SLUGGER>

近鉄からのドラフト1位指名を拒否――福留孝介は「パ・リーグ不遇の時代」最後の象徴だった<SLUGGER>

指名後、最初の交渉の際に対面した福留(左)と佐々木(右)。笑顔で握手に応じる福留だが、拒否の意思は固かった。写真:産経新聞社

1巡目の指名を終え、7人の男が壇上に並んでいた。近鉄、中日、日本ハム、巨人、ロッテ、オリックス、ヤクルトの監督、関係者たちだ。いずれのお目当ても、PL学園の高校生ナンバーワンスラッガー福留孝介だ。

 7人が一斉にクジを開ける。次の瞬間、「ヨッシャー!」の掛け声とともに高々と右手を突き上げたのは、近鉄の監督に就任したばかりの佐々木恭介だった。

 ゲンを担ぎ、紅白のフンドシを締めて気合十分に臨んだドラフトで、7分の1の当たりを引き当てた佐々木監督。だが結局、獲得した交渉権は無駄になった。福留が「巨人・中日以外は社会人に進む」と公言する中、佐々木監督は無理を承知で指名を強行したのだが、周囲の予想通り交渉は難航した。

 初交渉時、佐々木監督は便せん5枚に及ぶラブレターまで用意して猛烈にアタックしたのだが、福留は頑として首を縦に振らなかった。佐々木監督の愚直なまでのラブコールも空しく、福留はけんもほろろに近鉄を振って社会人野球の強豪・日本生命に進んだ。

 ドラフトの目玉選手が入団を拒否する。現在では考えられないことだが、当時は決して珍しいことではなかった。人気がなければ金もないパ・リーグの球団に指名されることを、有力選手であればあるほど嫌がる傾向があった。ドラフト指名が競合するような選手は人気のあるセ・リーグ、特に巨人を希望するというのがお決まりだった。
  89年のドラフトでは、「巨人希望」を公言していた上宮高のスラッガー元木大介が、ダイエーに1位指名され、涙ながらに入団を拒否。恩師の山上烈監督が「元木があまりに可哀想です」と言うほどの拒絶ぶりだった。

 また、翌年は亜細亜大のエース小池秀郎に史上最多タイの8球団が競合。よりにもよって小池が「絶対に行きたくない」と言っていたロッテが当たりクジを引き、大学に設けられた会見場では悲鳴が上がった。小池の指名後の第一声は「(ロッテには)あれだけ断ったのにどうして指名したのか、という怒りでいっぱいです」。結局、球団との交渉のテーブルにすらつかなかった。

 だが、福留を最後に、ドラフトでの大物選手のパ・リーグ行き拒否は鳴りを潜める。04年の球界再編を機に、セ・パの“人気格差”が徐々に縮小されるにつれて、「12球団OK」の選手が増えていった。

 06年の高校生ドラフトでは“北の怪物”田中将大が4球団競合の末、楽天に指名されて入団。13年ドラフトでは桐光学園高のドクターK左腕、松井裕樹もドラフト前から「12球団OK」を公言し、6球団競合の末に同じく楽天へ。19年には“令和の怪物”佐々木朗希が、昔はあれだけ毛嫌いされていたロッテにすんなり入団した。1位指名を拒否したのは、「パ・リーグが嫌い」というよりも「とにかく巨人にだけ入りたい」だった菅野智之や長野久義(現広島)くらい。ある意味で、福留は“旧時代の象徴”とも言える。
  不思議なことに、福留と佐々木の縁はその後も形を変えて続いていくことになった。

 96年のアトランタ五輪に出場するなど日本生命でも活躍を続けた福留は、98年ドラフトでも再び目玉選手となった。当時はまだ逆指名制度が存在していたため、意中の中日を逆指名して1位でプロ入り。1年目こそ遊撃のレギュラーとして132試合に出場し、打率.284、16本塁打でリーグ優勝に貢献したが、2年目と3年目は打撃成績が停滞。守備でも遊撃失格の烙印を押され、外野へのコンバートが決まった。

 苦境に立っていた福留を助けたのが、かつて自身が袖にした佐々木だった。99年限りで近鉄の監督を退任した佐々木は、02年から中日の一軍打撃コーチに就任。福留を“復活”させるべくマンツーマンで指導を行い、打撃フォームを一から作り直した。
  その結果、福留は大きく飛躍する。シーズンを通して3番を打ち、打率.343、19本塁打、OPS.943の好成績。この年は松井秀喜(巨人)が三冠王目前の大活躍を見せたが、福留は松井に約1分の差をつけて首位打者を獲得した。福留がスーパースターになるための礎を築いたのは佐々木だった、と言っても決して過言ではないだろう。

 佐々木は翌03年限りで中日を退団したが、その後も恩師との交流は今に至るまで続いている。カブス時代には臨時コーチとして指導したこともあった。日本復帰の際にも、阪神から自由契約となった際にも、そして、引退を決めた際にも、福留は佐々木に欠かさず連絡を入れている。

 気付けば、佐々木が「ヨッシャー!」と叫んでから27年。福留が日米で輝かしい実績を築き、そしてそのキャリアに終止符を打つ間に、ドラフトも大きく様変わりしたのだ。

構成●SLUGGER編集部
 

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