明確な「基準」がない中で誰を選ぶべきなのか。アメリカ野球殿堂入り投票権を持つ日本人記者の悩み<SLUGGER>

明確な「基準」がない中で誰を選ぶべきなのか。アメリカ野球殿堂入り投票権を持つ日本人記者の悩み<SLUGGER>

左からローレン、ヘルトン、ジョーンズ。3人とも殿堂入り確定までには至っておらず、投票結果が注目される。(C)Getty Images

先日、MLBでもプレーした上原浩治氏と藤川球児氏が「名球会」入りを果たした。

 2019年の総会で創設された「理事会推薦と会員4分の3以上の承認」により入会できる「特別枠」の初めての適用例となったそうだ。わざわざ「特例」なんてつける必要があるのは、本来最も権威があるべき野球殿堂と違って、名球会に「投手なら200勝か250セーブ以上」という厳格な入会条件があるからだろう。

 上原氏は日米合算134勝、128セーブ、藤川氏は同61勝245セーブと、いずれも「200勝か250セーブ以上」の条件を満たしていないが、250セーブは200勝の0.8倍の価値(=200÷250)、200勝が250セーブの1.25倍の価値(250÷200=1.25)があると考えれば、いずれもすでに条件を満たしていたと言える。

 上原氏は128セーブ×0.8=102勝+134勝で通算236勝、藤川氏も61勝×1.25=76.25セーブ+245セーブで通算321セーブに達するのだから、名球会の理事会も無視できなかったのではないか。

 今回のニュースを外国から見ていると、野球殿堂よりも名球会の方が格上に見える。だが、それはともかく明確な入会条件=基準があれば、今回のような「特例」以外、選考する側は何一つ悩まなくていいのだから、それはちょっと羨ましくもある。

 全米野球記者協会(BBWAA)に所属して10年が過ぎた2016年の冬から、アメリカ野球殿堂の記者投票を要請する手紙が届くようになった。
  公式戦終了時に投票が締め切られるMVPやサイ・ヤング賞はネットで投票できるのに対し、殿堂入り投票は伝統と格式を重んじるからか郵送形式を貫いている。毎年、殿堂から送られてくる投票用紙の候補者一覧のボックスに「投票」を意味するチェックをつけて、12月31日(当日消印有効)までに送らなければならない。念のため書いておくと、得票率が75%に達した候補者が殿堂入りすることになっており、昨年はレッドソックスで活躍したデビッド・オティーズが得票率77.9%で殿堂入りした。

 事前にメールで「投票するか否か?」を問われる。もしも、その責任を背負いたくなければ、投票はしなくていい。実際、過去数年の投票では、バリー・ボンズやロジャー・クレメンス、あるいはサミー・ソーサら、明確な証拠はないものの、さまざまな検証から薬物使用がほぼ確実とされる「本来は殿堂入り確実」の候補者がゾロゾロいたので、棄権した人もいたようだ。

「禁止薬物のおかげで殿堂入りに値する記録を残した」と見られている候補者に投票するのは是か非か? という問いは、その線引きが曖昧なまま、今も放置されている。

 今年の有資格者の中にも、禁止薬物使用を認めて謝罪会見もしながら、MLB歴代6位の通算696本塁打を記録したアレックス・ロドリゲスや、薬物検査で2度も陽性反応が出た歴代15位の通算555本塁打のマニー・ラミレス(レッドソックスほか)、歴代26位の509本塁打を記録したゲリー・シェフィールド外野手(マーリンズほか)、MLB通算256勝に加え、ポストシーズン最多の歴代19勝を挙げた左腕アンディ・ペティット(ヤンキースほか)が入っているものの、ボンズとクレメンスが選出されなかったのだから、彼らが選出される可能性は少ない。

 むしろ、通算2077安打&316本塁打を記録したスコット・ローレン三塁手(カーディナルスほか)、通算219安打&369本塁打でゴールドグラブ(GG)賞4度のトッド・ヘルトン一塁手(ロッキーズ)、歴代6位の通算422セーブを記録したビリー・ワグナー投手(アストロズほか)、通算434本塁打&GG10回、東北楽天でもプレーしたアンドリュー・ジョーンズ外野手(ブレーブスほか)が有力候補となっている。 また、通算2461安打&377本塁打のジェフ・ケント二塁手(ジャイアンツほか)、通算2877安打&404盗塁のオマール・ビスケル遊撃手(インディアンズ=現ガーディアンズほか)らが昨年に引き続き、票を集めると予想されている。

 そこにスイッチヒッターとして歴代4位の通算435本塁打、同3位の1587打点、通算2725安打&312盗塁を記録し、今年から候補者となったカルロス・ベルトラン外野手(ロイヤルズほか)や、歴代4位の437セーブを記録したフランシスコ・ロドリゲス(エンジェルスほか)らが食い込んでくる見込みで、それだけでもう最大投票数の10人中8人が埋まる。

 必ずしも、最大投票数を投じなければならないわけではないので、「殿堂に見合う選手は1人だけ」と思えば、1人だけに投票すればいいし、実際にそうしている人もいる。私が初めて投票した時、地元シカゴのベテラン記者にアドバイスを求めた時には、主観的だけれども、心に響く話をされたものだ。

「BBWAA10年で投票権を得られるというルールはつまり、投票者が現場で実際に彼らの現役時代の一部を見てきたということ。殿堂に入るような選手は、その時から『こういう選手が殿堂入りするんだろうな』って分かるはずなんだ」

 なるほど、マリアーノ・リベラやデレク・ジーター(ともにヤンキース)、オティーズら、自分が過去に投票して殿堂入りした選手はすべて、現役時代に『こういう選手が殿堂入りするんだろうな』と思って見ていた選手ばかりだ。 正直、今年の候補者でそんな風に感じられた選手はほんの数人だ。

 それでも、成績を精査していく段階で「殿堂入りに見合う成績なのではないか?」と考え直し、「貴重な10票」をすべて投じることにした。

 それはたとえば、三塁手として歴代3位の通算8度のGG賞、通算7度のオールスター選出のローレンや、外野手として史上3位タイのGG10度のジョーンズ、二塁手で歴代最多の377本塁打を放ったケント、さらに遊撃手として歴代最多の2709試合出場&(守備側として)1,744併殺記録、歴代2位のGG通算11度のビスケルらのことである。

 かつては「投手なら通算300勝以上、打者なら3000安打以上」が殿堂入りへの「通行手形」のように言われていたが、それは昔も今も殿堂入りの「最低条件」ではないし、セイバーメトリクスが定着した今では、「通算WAR70以上が目安」などと言う人もいる。

 だから、現行の投票方式に異議を唱える人は多く、私も投票のたびに、膨大な資料を前に頭を悩ませることになる。

 投票結果発表は来年1月25日。すでにSNSなどで投票内容を明かしている記者も少なくないが、私はここでは書かない。私に言えるのは、今年の候補者の現役時代、「こういう選手が殿堂入りするんだろうな」と感じたわけではないのに、規定における最多の10人に投票を投じたということだけだ。

 興味がある方は、全米野球記者協会のホームページにある殿堂入り欄でチェックしていただきたいと思う。

文●ナガオ勝司

【著者プロフィール】
シカゴ郊外在住のフリーランスライター。'97年に渡米し、アイオワ州のマイナーリーグ球団で取材活動を始め、ロードアイランド州に転居した'01年からはメジャーリーグが主な取材現場になるも、リトルリーグや女子サッカー、F1GPやフェンシングなど多岐に渡る。'08年より全米野球記者協会会員となり、現在は米野球殿堂の投票資格を有する。日米で職歴多数。私見ツイッター@KATNGO

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