ブローカーから脅迫、偽造パスポートを食べて隠滅…中日助っ人で話題のキューバ人選手の破天荒な亡命秘話<SLUGGER>

ブローカーから脅迫、偽造パスポートを食べて隠滅…中日助っ人で話題のキューバ人選手の破天荒な亡命秘話<SLUGGER>

WBCでも活躍したロドリゲスは、今季から中日と年俸2億での契約が決まっていたが、メジャーでの年俸は1000万ドル(約13億円)規模と予想されている。アメリカン・ドリームをつかみたくて亡命するキューバ選手は多いのだ。(C)Getty Images

球界を驚かせる一報が舞い込んだのは去る3月29日だ。先のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に参加していた中日のジャリエル・ロドリゲスがMLB球団との契約を目指してキューバから亡命したと伝えられたのである。昨季の最優秀救援投手であり、2年契約を交わしたばかりのブルペンの柱を失ったドラゴンズファンのショックは計り知れない。

 ただ、メジャーリーグでのプレーを夢見るキューバ人選手が母国から亡命するケースはこれまでにも数多くあった。そのなかには、スパイ映画さながらの手法で海を渡った選手たちも少なくない。まさに「事実は小説より奇なり」。ドラマチックな亡命エピソードの数々を紹介しよう。

●荒波に漕ぎ出す命がけの航海
 キューバ選手のポピュラーな亡命手段のひとつが海を渡るものだ。中日のダヤン・ビシエドも、元ロッテのレオニス・マーティンも、そしてWBC準決勝で侍ジャパンを苦しめたメキシコ代表のランディ・アロザレーナ(レイズ)も、この方法で成功している。

 といっても、沿岸警備隊に見つかるわけにはいかないため、エンジン音が出ない、船というよりは粗末な手漕ぎボートで夜中にひっそり海を渡るしかない。キューバから最も近いハイチでも約100キロ。メキシコまでは約200キロあり、何時間にもわたって半ば漂流しながら海を渡らなくてはならない。しかも、メキシコ湾やカリブ海は波も高く、サメもうようよいる。

 当然ながら、かなり危険な旅だ。マーティンは11年に自身が亡命した時の体験を「命を落としかねない。二度とやりたくない」と述懐している。実際、元マーリンズのホゼ・フェルナンデス(16年に事故死)が08年に亡命した時は母親がボートから海に投げ出され、彼女を助けるために自身も海に飛び込んだ……というエピソードもある。亡命とはまさに、「夢を叶えるために自分の命を危険にさらすこと」(マーティン)でもあるのだ。●亡命斡旋業者との緊迫した駆け引き

 キューバ人選手の亡命を手助けする斡旋業者が裏で暗躍していることはよく知られている。あの手この手で支援する闇のブローカーたちの手法は、それこそスパイ映画さながらだ。

 1996年からのメジャー17年間で通算178勝を挙げたリバン・ヘルナンデスに、業者がコンタクトを取った方法が面白い。95年、ヘルナンデスがキューバ代表の一員としてメキシコに遠征した時のことだ。

 練習中に一人の女性が手帳にサインをしてほしいと近づいてきた。だが、開かれた手帳には男の写真が挟んであり、女性は電話番号をヘルナンデスの手に握らせながら、「彼に連絡して」と囁いた。その男は亡命斡旋業者で、ヘルナンデスは彼の手引きで亡命を果たしたのだった。

 亡命を目指す選手にとって斡旋業者は心強い味方だが、命からがら成功して晴れてメジャー球団と契約を交わした後に支払う手数料をめぐってトラブルになることも多い。

 前述のマーティンも斡旋業者の力を借りて亡命した。無事に目的地のメキシコに着いて「晴れて自由の身」と思ったのもつかの間、斡旋業者たちに軟禁されてしまった経験を持つ。一緒に亡命した家族を人質に取られ、銃をちらつかされて半年以上も脅され続け、「今後稼ぐカネの3分の1以上を渡す」と約束してようやく解放された。

 この斡旋業者は、後に強肩強打の外野手ヤシエル・プイーグの亡命も手引きしたが、プイーグも命の危機にさらされた。それまでに4度亡命に失敗していたプイーグに目を付けたブローカーたちが話を持ちかけ、12年6月に5度目の亡命を決行。

 ようやく成功したはいいが、斡旋業者が要求していた15万ドルの手数料が用意できなかった。激怒したブローカーは彼を軟禁して「手足を切り落として二度と野球ができないようにしてやる!」と迫った。数か月にわたる軟禁から何とか逃れたプイーグだったが、ドジャースと契約した後も脅迫を受けるなど、その後も長くブローカーに悩まされた。●監視の目をくぐり抜けろ!

 当然、キューバ政府も相次ぐ亡命にただ手をこまねいているわけではない。亡命を試みて失敗した選手は投獄されたり、国内リーグでの出場も停止されたりと、厳しい処分が待っている。国際試合などでは政府の厳しい監視もつく。それをかいくぐって亡命するために、ユニークな方法を考え付いたのが、ロイヤルズなどで控え捕手として活躍したブライアン・ペーニャだ。

 99年5月、ペーニャはキューバ代表としてベネズエラに遠征した際、現地の友人に亡命の手引きを頼んだ。だが、監視の目があまりにも厳しかったため、2人はある取り決めを交わした。「亡命決行なら部屋の窓に緑のバッティンググラブをぶら下げておく。赤だったら延期」というものだ。

 そして、来たる決行の日。ペーニャは窓に緑のグラブをぶら下げて、監視の目を避けてトイレの窓から抜け出した。サインを読み取った友人はホテルの近くに車で待機し、ペーニャはその車に転がり込んで亡命に成功したという。
 ●偽造パスポートを隠滅した方法とは?

 元キューバ代表の主砲で、13年のWBCで活躍したホゼ・アブレイユは、その年の8月に亡命している。まず高速船でハイチに渡り、そこから飛行機でアメリカへ飛んだ。ここまでは首尾良くいったものの、一つ問題があった。ハイチを出国する際に使用したパスポートが偽造だったことだ。

 偽造パスポートの使用が発覚した場合、アメリカへの入国を断られる恐れがある。その一方で、当時はたとえパスポートを所持していなくとも、アメリカの地を踏めば永住資格を与えられるというキューバ人への優遇措置(「ウェットフット・ドライフット政策」)があったため、亡命を斡旋した業者はアブレイユに「機上で偽造パスポートを破棄しろ」と伝えていた。

 それを受けてアブレイユは、機内でビールを注文。パスポートをビリビリに破いて口に入れ、ビールで少しずつ流し込んだ。偽造の証拠を文字通り腹に収めたアブレイユは、無事アメリカに入国。10月にホワイトソックスと6年6800万ドルの大型契約を結ぶと、14年は新人王、20年にはMVPにも輝くなど、メジャーを代表するスラッガーとなった。

構成●SLUGGER編集部
 

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