大谷翔平の“膝つき弾”がもたらした価値。阪神・才木浩人を変えた開幕前の1球「絶対に空振り三振だと思った」

大谷翔平の“膝つき弾”がもたらした価値。阪神・才木浩人を変えた開幕前の1球「絶対に空振り三振だと思った」

三振を奪いに行った“伝家の宝刀”を捉えられた才木(35番)。この時、彼の前に立ちはだかった大谷は、膝をついて、体勢を崩されていたが、スタンドにまで運んだ。(C)Getty Images

稀代のスラッガーに浴びた1本のホームランが、24歳の若武者を「進化」と「停滞」の渦に巻き込んだ。阪神タイガースの才木浩人だ。

 この春、才木は決断を迫られていた。開幕ローテーション入りを決め、レギュラーシーズンを前にした最後の調整登板となった3月26日のオリックス・バファローズ戦(京セラドーム)は、2被弾するなど5回4失点を喫した。試合後に愛車の前で立ち止まった右腕の表情には迷いがにじんでいた。

「フォークが“ヘボ”すぎるんで。一向に良くならないんですよね」

 最速157キロのストレートに加えて才木の勝負球と言えるのがフォークだ。追い込んでからの1球でこれまでも幾多のバッターを斬ってきた。そんな「伝家の宝刀」の切れ味がどうもおかしいという。この日も、森友哉らバファローズの打者に「良い所で落ちてるはずなのに打者に『あ、フォークだ』と思って見られてる感じ」とウイニングショットを見切られてしまった。

「前のフォークに戻すのも手かなと」

 実は改良中のフォークを試していた。キッカケとなったのは、3月6日に行なわれた日本代表との強化試合(京セラドーム)だ。
  この試合で先発マウンドに立った才木は、侍ジャパンに合流してから初実戦となった大谷翔平(ロサンゼルス・エンジェルス)と対峙した3回2死一、二塁で、カウント1-2からフォークをバックスクリーンまで運ばれた。これが心を大きく揺さぶる一撃となった。

 思い描いた通りの軌道で落ちていったフォークに対し、大谷は左膝をつき、体勢を崩されながらも片手で振り抜いた。才木曰く「ベストボール」という球だった。

「絶対に空振り三振だと思った。真っ直ぐでしっかりファウルを取って良い形で追い込んだ後に片手であそこまで打ち返されてしまったので。初見のフォークを打たれてしまったのでとても悔しい」

 おそらくキャリアにおいて自慢のフォークを、あそこまで崩れた体勢で捉えられ、スタンドまで運ばれた経験などなかったのではないか。才木にとって、初回に大谷を直球で空振り三振に仕留めたシーンよりも、この被弾の方が影響は大きかった。

 そこで着手したのが、新たなフォークの習得だった。元々、従来より速いものへのマイナーチェンジを目論んでいたタイミングでもあり“旧フォーク”を大谷に仕留められたことが決断を後押しした。

「スライダー気味に落ちていたのを、球速を上げてスプリット気味にしました。大谷さんに打たれて悔しかった。対戦できたことをプラスにしたかった」

 侍ジャパンとの試合後に「時間を戻したい」と口にするほど悔しさを露わにした才木だが、経験を糧にすることも忘れていなかった。翌日からスプリットの使い手でもある同僚のジェレミー・ビーズリーにも助言を授かり、ボールを挟む中指と人差し指の間隔を狭めるなど微調整を敢行した。

 はたして効果は早々に現れた。中5日で登板した3月12日のジャイアンツ戦(甲子園)で試投すると2回に丸佳浩から空振り三振を奪取。球速も139キロと大谷に打たれたボールから3キロの球速アップに成功。「理想は145キロ。まずは140キロを目指す」と一定の手応えを得ていた。 新たな武器を携え開幕へ――。大谷からもらった“贈り物”はそんな青写真を描かせてくれたはずだったが、そう簡単にはいかなかった。

 3月19日のヤクルト・スワローズ戦(神宮)では5回3失点で降板。失点シーンはフォークを打たれたものではなかったが、打者に見極められ、他の球種を痛打されるシーンも少なくなかった。そして、先述のバファローズ戦でも感覚は良化せず……。本番へ残された時間は1週間となっていた。

 もっとも、不調の原因はフォークだけではなかった。「登板前に上半身のウエートを入れるようになった」と明かす才木。それも大谷と向かい合った時に圧倒的な体格差を感じさせられたのがキッカケだった。

「フィジカルの強さが違うなと。自分は細いですし、パワーがないので、まずはウェートじゃないかなと」

 持ち前の向上心と、生粋の負けず嫌いの性格に火が付いた。「大谷翔平」という未知の刺激物に触れ、才木からすれば眼前に突然、越えたい、絶対に抑えたい相手が現れた形だ。

 そして、侍ジャパン戦から、次の登板までの1週間の調整期間で上半身のウェートトレーニングを追加。シーズン開幕に向けて備えたものというよりは、完全に大谷を意識した改良だと言える。しかし、今まで築き上げてきたルーティンを変えたがために投球に影響が出た。ゆえに本人も「感覚が悪くなったので、やめようかなと」とポツリ。新フォークとともにウェートは一旦、傍らに置いておくことにした。
  迎えた自身のシーズン初戦は、4月2日に行なわれた横浜DeNAベイスターズとの開幕3戦目のマウンドだった。この試合で才木は原点のフォークを駆使して快投。7回途中、1失点で今季初勝利を手にした。

 大谷との“遭遇”から開幕までの約1か月、背番号35は前進と後退を繰り返した。では、その鍛錬の日々は無駄な時間だったのか? そんな問いには強く首を振った。

「いやいや、僕にとってめちゃくちゃ大きかったですよ。あのレベルを体感できたことは」

 開幕まで1か月を切った大切な期間で球種や調整法に変化を加えたのは、それが「才木浩人」だったからだろう。科学的なトレーニングを取り入れるなど、日頃から研究熱心で常に「1番」を目指す向上心の塊なのだ。

 世界一のスラッガーとの対戦は原点に立ち返らせてくれた時間でもあり、自身の目指すべき場所を示された時間でもあった。抑えた、打たれたという話ではなく、それが大谷との対戦で得た財産だった。

取材・文●チャリコ遠藤

【関連記事】石橋貴明さんの登場にジャッジ&スタントンが感激! NY局記者からは困惑の声?「彼は何者なのか? 誰か助けてくれ」

【関連記事】「本当に謙虚」チェコ代表主将がWBCでの日本人の行動を再び称賛! 母国紙で感謝を語る「信じられない経験だった」

【関連記事】大谷翔平が示した“一流の気遣い”に米メディアが反応!死球を与えた直後の謝罪に「故意でないことを示した」

関連記事(外部サイト)

  • 記事にコメントを書いてみませんか?