高校3年の秋から始まった戸郷翔征のシンデレラストーリー。洗礼を浴びた日本シリーズを経て真価が問われる2年目へ

高校3年の秋から始まった戸郷翔征のシンデレラストーリー。洗礼を浴びた日本シリーズを経て真価が問われる2年目へ

ドラフト6位で入団した戸郷は、プロ1年目で初勝利も挙げた。写真:山崎賢人(THE DIGEST写真部)

まさに、シンデレラボーイだ。
 
 その魔法が始まったのは、戸郷翔征がプロ入りを目指した2018年9月のことだった。場所は宮崎。U−18代表がアジア選手権を戦うために、宮崎に集結していた。その壮行試合の相手として宮崎県高校選抜との試合が組まれ、当時は無名だった戸郷が登板したのである。

 藤原恭太(ロッテ)、根尾昂(中日)、小園海斗(広島)ら、その年のドラフト1位で指名されることになる3人を中心に構成されたU−18代表に対し、1回途中から登板を果たした戸郷は圧巻のピッチングを見せた。5回3分の1を投げて5安打2失点9奪三振。藤原、根尾からも三振を奪う快投劇だった。

 最速148キロを投げるという程度の評判だった戸郷は、この快投でプロ入りの夢を勝ち取ったと言っても過言ではない。
  そして、戸郷は高卒1年目にして一軍デビューを飾った。イースタン・リーグで11試合に投げて4勝1敗、防御率3.00の成績を残すと、リーグ優勝を懸けた9月21日のDeNA戦で一軍初昇格初先発。勝利投手の権利は得られなかったのものの、4.2回2失点と好投して優勝に貢献した。さらに、27日の同じくDeNA戦ではリリーフで4回無失点7奪三振の好投でプロ初勝利を手にした。

 しかし、その直後にプロの洗礼も浴びた。ソフトバンクとの日本シリーズで登板した戸郷は、ここで貴重な体験を得ることになった。

 出番はソフトバンクが2連勝で迎えた第3戦、2−2で迎えた4回表からだった。

 1回裏に先制した巨人は、一度は逆転されながら同点に追いついていた。原辰徳監督からの戸郷へのミッションは、試合を作り直すということだった。

 先頭の松田宣浩を空振り三振。これで勢いに乗るかと思われたが、ここから洗礼を浴びる。続く、7番の内川聖一に左翼前安打を許すと、続く甲斐拓也を四球、自らのバント処理ミスも重なってピンチを招き、犠飛、内野安打押し出し四球で2失点。さらに、4番・デスパイネにタイムリーを浴びて計4失点でマウンドを下りたのだった。
  ゲーム展開だけをなぞっていくと、戸郷がただ炎上しただけのようにも見えるが、実際はそうではなかった。

 まず、先頭の松田を三振に取ったのは圧巻だった。140キロ台後半のストレートを勢い良く投げたかと思うと、カット気味のスライダー、フォークで打者を翻弄する。ストレートに近い球速帯の変化球を操る、昨今の「勝てる投手」に共通したスタイルのピッチングは、彼のポテンシャルの高さを見せつけたものだった。

 思えば、高3秋の宮崎でU−18代表を相手に投げた時も、ストレートとカットボール、フォークを駆使していた。

 ところが、内川の一打が戸郷のすべてを崩した。

 フルカウントからの6球目。松田宣を三振に斬り、この打席でも空振りを奪っていたカットボールで勝負に挑んだが、これを内川が片手でレフト前へと運んだのだ。完全に泳がされながらも、バットコントロールだけでもぎ取ったヒットだった。そこから戸郷は、先述したように四球と自らのミスなどで失点を重ね、最後はデスパイネにとどめを刺された。
  一瞬で地獄に突き落とされた戸郷は試合後、内川の一打ですべてが狂ったと振り返った。

「内川さんの一本の印象が大きかった。(投げた瞬間は)三振が取れたと思った。あのヒットで気持ちが落ちてしまった。あそこに投げても空振りが取れないと思うようになって、その後は投げるゾーンを徐々に上げてしまいました。その結果が、最後のデスパイネ選手のヒットだと思う。切り替えることが大事だなと思いました」

 改めて振り返っても、内川の芸当は彼にしかできないものだ。だが、最高レベルのバッティング技術を体感できたことは、戸郷にとっては大きな収穫になった。

 チーム内を見渡すと、エースとして投手三冠を達成した山口俊がメジャーリーグへ活躍の場を移した。つまり、先発枠が空いた。

 戸郷は言う。

「大事な場面で出してもらったということは期待されている部分が大きいと思う。そういう期待に応えていかないと一軍に残っていけない。しっかり結果を残してやっていきたいと思う」

 シンデレラの魔法が解けた時、戸郷の本当の真価が問われる。

取材・文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)

【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『スラッガー』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園という病』(新潮社)、『メジャーをかなえた雄星ノート』(文藝春秋社)では監修を務めた。
 

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