【MLB今日は何の日】65年に“世界8番目の不思議”アストロドームが開場。03年にグリーンモンスター席が登場したのもこの日

【MLB今日は何の日】65年に“世界8番目の不思議”アストロドームが開場。03年にグリーンモンスター席が登場したのもこの日

今では当たり前の存在になったドーム球場だが、65年にアストロドームが開場した頃は“世界8番目の不思議”と騒がれた。(C)Getty Images

4月12日は奇しくも、ボールパークにまつわる2つの歴史的な出来事が起きた日である。

 まず1965年4月12日、世界初の室内野球場アストロドームで初めてMLBの試合が開催された。その3日前からエキシビジョンゲームは行われていたが、公式戦はこの日のヒューストン・アストロズ対フィラデルフィア・フィリーズが最初である。0−2でアストロズは敗れたけれども、4万2652人の観客の大多数は試合の結果よりも、“世界8番目の驚異”を経験できた興奮に浸りきっていた。

 62年にナショナル・リーグに加盟したヒューストン・コルト.45sは、最初の3年間は屋外球場のコルト・スタジアムを本拠として使用していたが、新球場の完成を期にアストロズと改名。ドームの正式名は「ハリス・カウンティ・ドームド・スタジアム」だが、球団名をとってアストロドームと呼ばれるようになった。
  ドーム球場の構想はこれより前にも存在し、ロサンゼルス・ドジャースやニューヨーク・メッツが検討したものの実現には至らなかった。それでも夏の暑さが厳しいヒューストンでは、エアコンを完備した屋内球場が望ましいとあって、コルト.45sの結成が決まった時点から計画がスタート。オーナーのロイ・ホフハインツが座席の色からダグアウトの大きさまで細かく指定し、3年の歳月と約3500万ドルの総工費を投じた新球場は、ミニゴルフコースやボウリング場をも備えた一大娯楽施設として完成した。

 さっそく大評判となったアストロドームには、一つ誤算があった。天然芝の育成に必要とのことで、天井は透光性の材質で作られていたのだが、フライが捕球しづらいとの苦情が選手から相次いだのだ。そこで塗料を使い光を遮るようにしたところ、今度は芝が枯れてしまう。この問題を解決するために開発されたのが「アストロターフ」と呼ばれた人工芝で、ドームはもう一つの新機軸を球界にもたらしたのである。
  野球以外にもフットボールやバスケットボール、テニスなどで使用されたドームは、ヒューストンの観光名所として長い間親しまれた。その後77年にはシアトルにキングドーム、90年はトロントに開閉式の屋根を持つスカイドーム(現ロジャース・センター)が完成し、現在では7都市でMLB球団がドーム球場を使用している。

 アストロドームは99年を最後にアストロズの本拠としての役目を終えたが、ボストン・レッドソックスの本拠地球場フェンウェイ・パークは、1912年に開場して以来今もなお現役である。と言っても、108年前の姿のままずっと続いているわけではない。スコアボードが備え付けられている高さ11.3mの左翼フェンスも、緑色に塗られて“グリーン・モンスター”と呼ばれるようになったのは1947年だった。

 そして2003年4月12日、“モンスター”の上部に269人分の観客席が新たに設けられた。なお当日の試合は、エースのペドロ・マルティネスが10失点と大荒れで、ボルティモア・オリオールズに6−13と大敗している。
  フェンウェイの収容人員はそれまで3万4000人足らず。メジャー全体の1試合の平均動員が5000人だった1910年代ならそれでも十分だったが、90年後にはその数は2万8000人に達し、レッドソックスのような人気球団にとっては明らかに手狭になっていた。とは言うものの、球場が建てられているのはボストンのダウンタウンとあって、スタンドは簡単に拡張できない。新球場の建設計画も、フェンウェイに愛着を抱くファンの反対で滞っていた。

 となると、出来る範囲で少しでも客席を増やすしかない。そこで目をつけられたのが“モンスター”の上であり、これが新たな名物になるとの計算も当然働いていた。“モンスター・シート”に対するファンの反応は、当初は賛否両論あったけれども今では普通に受け入れられていて、特等席として最高922ドル(約10万円)の高値ながら、常に満席状態となっている。

 文●出野哲也

【著者プロフィール】
いでの・てつや。1970年生まれ。『スラッガー』で「ダークサイドMLB――“裏歴史の主人公たち”」を連載中。NBA専門誌『ダンクシュート』にも寄稿。著書に『プロ野球 埋もれたMVPを発掘する本』『メジャー・リーグ球団史』(いずれも言視舎)。

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