【追悼コラム】新型コロナの犠牲になった名フォトグラファーはスポーツを、人間を、そして写真を愛した好漢だった

【追悼コラム】新型コロナの犠牲になった名フォトグラファーはスポーツを、人間を、そして写真を愛した好漢だった

メッツのキャンプ地で撮影中のコージ氏。誰からも愛される好人物だった。写真:田口有史

『ニューヨーク・ポスト』紙で長年スポーツフォトグラファーを務めたアンソニー・コージ氏が、新型コロナウイルスのため12日に48歳の若さで亡くなった。MLBやNBA、NFL、テニスや格闘技など幅広いスポーツの写真を取り続けたコージ氏は、優れたフォトグラファーであると同時に、誰からも愛される好人物だった。

 コージ氏の死が発表された後、元ヤンキースのデレク・ジーターやアレックス・ロドリゲスをはじめ、メッツGMのブロディ・ヴァンワゲネンやノア・シンダガード、格闘家のコナー・マグレガーなどスポーツ界から広く追悼の声が聴かれた事実が、彼の影響力の大きさを人柄を物語っている。

 今回、日本を代表するスポーツフォトグラファーで故人とも親交があった田口有史氏が、THE DIGESTに追悼コラムを寄せてくれた。
  最後に会ったのは今年2月、マイアミでのスーパーボウルだった。そのままフロリダに残ってメッツのスプリング・トレーニングを撮影するアンソニーと、一度ソウルへ向かってフィギュアスケートの撮影をしたのち、アメリカに戻ってアリゾナとフロリダを回る僕。「じゃあ、また来週か再来週!」。試合後、写真を送るのに忙しい中、彼はわざわざ席を立って、笑顔でハグを交わして別れた。

 主にサンフランシスコ近郊で撮影してきて、全米各地を回って撮るようになったのは、『SLUGGER』が創刊された1998年頃という僕がアンソニーと初めて会ったのは、旧ヤンキー・スタジアム。一塁側ヤンキースのベンチ上、コンコースレベルの「セクション11」と名付けられていたカメラポジションだった。

 イニング間に他のカメラマンに「昨日の写真、良かったよ」「またいい写真撮っていたね」など声をかけて回っていて、なんだか元気のいい兄ちゃんがいるなぁ。というのが第一印象だった。それから何度となくヤンキー・スタジアムへ、そして当時メッツの本拠地だったシェイ・スタジアムへ行ったけれど、彼はいつも現場にいた。
  それからしばらくして、松井秀喜がヤンキースへ入団すると、ヤンキー・スタジアムへ毎試合10人を超える、時には20人近くもの日本人カメラマンが押しかけるようになった。地元紙のカメラマンですらポジションをローテーションしながら撮影している中、大挙して現れた我々日本人の存在は正直、迷惑だったと思う。「どうして日本人に貴重な撮影ポジションを与えなければならないのか」と憤っていたカメラマンもいただろう。

 そんな中でも彼は、日本人選手以外も熱心に撮っている僕を面白いと思ったのか、少し場所を詰めてくれたり、写真を送っている間に空いた自分のポジションで撮影させてくれたり、本来、僕が撮るべきポジションに他のアメリカ人カメラマンがいた時に「そこはこいつの場所だ」と言ってくれたり、いろいろと助けてくれた。
  04年のヒューストンでのオールスター・ゲームでは隣同士で撮影した。00年のワールドシリーズで、乱闘寸前の騒ぎを起こしたロジャー・クレメンスとマイク・ピアッツァがバッテリーを組むということで注目を浴びたこのオールスター。ふたを開けてみれば、2人の息がまったく合わずにクレメンスは6失点と炎上したのだが、「こっちの方がイチローの顔がよく見えるから場所を変わろう。俺はクレメンスをメインで撮りたい」と言われて場所を入れ替わったこともあった。僕もどちらかといえば、狙いはこのクレメンスとピアザのバッテリー。あまり替わりたくなかったけれど、太い眉を下げて懇願されたら断れない。

 二人仲良くテニスのUSオープンとヤンキースの試合を同じ日に掛け持ちした時もあった。昼は女子の準決勝。年間グランドスラムを目指すセリーナ・ウィリアムスの試合を撮って、夜はヤンキー・スタジアムでのブルージェイズ戦。ヤンキースの方は優勝がかかるようなビッグゲームではない。
  わざわざ労働時間を長くするような、そんなモノ好きはいないだろうと思っていたら、「お! お前もか!」と現れたのが彼だった。そして「セリーナの写真を送るまでちょっと待って! 車だから一緒に行こう!」と同乗させてくれた。

 ラッシュアワーにぶつかって球場まで一時間近くかかったけれど、おかげで久しぶりにゆっくりと話すことができた。写真のこと、スポーツのこと、そして家族のこと。年齢は近いものの、日本人の僕の話を興味深く聞いてくれたのは、さまざまな文化やバックグランドへの理解と、同じ現場で撮影する仲間へのリスペクトだったのだと思う。
  現場にいるさまざまな人たちとコミュケーションを取り、冗談を言って笑わせてくれる。そして、他のカメラマンの撮った写真にいつも感嘆と賛辞を送ってくれる。シティ・フィールドで、不甲斐ない試合内容のメッツに「ひどい試合で写真なんて撮れないよ」なんてことを言いながら、きちんと愛のある写真を仕上げる。

 スポーツが、人間が、そして写真を撮るのが好き。そんな素晴らしいフォトグラファーだったアンソニー。ご冥福をお祈りしたい。

文●田口有史

【著者プロフィール】
たぐち・ゆきひと。1973年生まれ。日本で最もMLBの試合を撮影しているフォトグラファーで、年間150日はアメリカで撮影取材を行う。バスケットボールやサッカー、フィギュアスケートなどの撮影でも活躍している。
 

関連記事(外部サイト)