ジャッキー・ロビンソンはなぜ偉大なのか。日本のパイオニアともつながる共通点とは?

ジャッキー・ロビンソンはなぜ偉大なのか。日本のパイオニアともつながる共通点とは?

球界最大の偉人と言っても過言ではないロビンソン。彼と日本が誇る2人のパイオニアは共通点がある。(C)Getty Images

4月15日はジャッキー・ロビンソンがMLB史上初の黒人プレーヤーとしてメジャーデビューを果たした日。今年は新型コロナウイルスによる開幕延期で実現しなかったけれども、球界そしてアメリカ社会をも変えたロビンソンの業績を称え、毎年すべてのメジャーリーガーが背番号「42」を付けて試合に出場する。

 本稿ではジャッキー・ロビンソンについてのトリビアと、日本が誇る2人のメジャーリーガーとの接点を紹介しよう。

@なぜロビンソンが選ばれたのか
 先に「MLB史上初の」と記したが、厳密にはロビンソンは初の黒人プレーヤーではない。19世紀にはウォーカー兄弟という黒人選手がいたという資料もある。1862年に奴隷解放制限が発布されて間もなく発足されたメジャーリーグでは、黒人選手のプレーを禁止するルールこそなかったが、球団間の"紳士協定"によって締め出されていた。そのため、黒人だけのニグロリーグが発足し、“本物”のメジャーリーガーに勝るとも劣らない選手が数多く活躍した。

 1946年、ブルックリン(現ロサンゼルス)・ドジャースのブランチ・リッキーGMが、チームの戦力向上を図る目的で黒人選手に目を付けた。第二次世界大戦で黒人たちが勇敢に戦ったことで、球界でも黒人選手を許容する雰囲気が徐々にではあるが醸成されつつあった。
  また、最も優れた黒人選手と契約すればいい、という単純な話にはならなかった。実際に入団とするとなれば、あらゆる方面から嫌がらせなどを受けるのは間違いない。もしこれに怒って暴力沙汰などを起こせば、黒人選手は二度とメジャーリーグでプレーする機会を失うだろう。リッキーは実力はもちろんのこと、卓越した忍耐力を持つ選手を探していた。

 この2つの条件を備えていたのが、名門UCLAで野球やフットボール、陸上競技でも活躍したアスリートで、かつ陸軍士官学校で優秀な成績を残すなど精神面の強さにも定評があったロビンソンだったのである。

 入団交渉の際、リッキーはわざとロビンソンに考えつく限りのありとあらゆる罵詈雑言を浴びせた。ロビンソンが思わず「あなたは弱虫がお望みなのですか」と言うと、リッキーが「いや、反撃しない勇気を持つ者が欲しいのだ」と答えたエピソードはあまりにも有名だ。

 果たして、リッキーの狙いは的中した。ロビンソンは行く先々で野次や嫌がらせ、時には殺害予告も受けたが、自分に続く同胞たちのためにひたすら耐え続けた。そして、メジャー1年目からリーグ最多の29盗塁、打率.297の好成績を残し、この年から制定された新人王を受賞。黒人選手の実力を証明してみせたのだ。

 メジャーでは10年プレーして出場1308試合、打率.311、1518安打、137本塁打、197盗塁と圧倒的な成績を残したわけではない。しかし、ロビンソンのおかげでMLBはもちろん他のスポーツ界、さらにアメリカ社会全体でも黒人の地位向上が図られるようになっていった。1999年、『タイム』誌が「20世紀の最も重要な100人」を選出した際、アルベルト・アインシュタインやマハトマ・ガンジーらとともにロビンソンが選ばれたのは当然の結果だろう。
 A日本人選手との共通点
 ロビンソンのデビューから約50年後、一人の日本人選手が同じくドジャースと契約した。野茂英雄である。1964〜65年の村上雅則以来、日本人選手は久しくメジャーリーグの舞台から遠ざかっていた。そのため、当時は日本人がメジャーで活躍することを夢物語のように考える人も少なくなかった。

 しかし野茂は1年目から独特のトルネード投法とフォークボールでメジャーの強打者たちをきりきり舞いさせ、オールスター・ゲームの先発にも抜擢された。日本はもちろん、地元LAでも“ノモ・マニア”と呼ばれる一大センセーションを巻き起こし、その年、見事に新人王を獲得。その後、今に至るまで毎年のように日本人選手がメジャーリーグでプレーすべく海を渡るようになった。人種差別と戦ったロビンソンと同列に扱うわけにはいかないが、野茂もまた道なき道を切り拓いた“パイオニア”であった。

 メジャーリーグで最も活躍した日本人選手であるイチローもまた、ロビンソンとの共通点を持つ。ともにメジャー球団と契約を結んだ年齢は27歳の時。1年目に盗塁王と新人王に輝いた点も同じである。イチローは1年目でMVPも獲得しており、同一年に首位打者&盗塁王&MVP獲得は49年のロビンソン以来の快挙だった。しかも、その後も2人に続く選手は出ていない。
  イチローはプライベートでクーパーズタウンの野球殿堂を何度も訪れるなど、メジャーリーグの歴史に並々ならぬ敬意と興味を持つことで知られる。2006年にニグロリーグで選手、監督、スポークスマンとして活躍したバック・オニールが亡くなった際には、オニールと面識がなかったにもかかわらず、ニグロリーグ博物館に大量の花束を届けたこともあった。また、同博物館に多額の寄付をしていることでも知られる。

 ロビンソンの勇気と挑戦はアメリカの黒人たちだけに恩恵をもたらしたわけではない。アジア系やヒスパニック系も含むすべてのマイノリティに機会が与えられるきっかけとなった。その意味では野茂もイチローも、そして大谷翔平もロビンソンが切り拓いた道に続いていると言ってもいい。

 だからこそ「ジャッキー・ロビンソン・デー」は、我々日本人にとっても重要な一日なのである。

構成●SLUGGER編集部

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