【節丸裕一のとっておき話】「ありがとう、王ジャパン」と言って放送を終えると、涙が出てきた|第1回WBC後編

【節丸裕一のとっておき話】「ありがとう、王ジャパン」と言って放送を終えると、涙が出てきた|第1回WBC後編

劇的な形で頂点に立った日本。低迷気味だったプロ野球人気が盛り返すきっかけにもなった。(C)Getty Images

奇跡のような準決勝進出が決まった翌日。ペトコ・パークで準決勝進出の日本、韓国、キューバ、ドミニカ共和国の公式練習を取材した。

 日本の選手の表情は全体的に明るかったが、逆にそこが少し気になる部分でもあった。イチローに「一度可能性が消えかけていた準決勝進出が決まって、チーム全体の雰囲気やモチベーションはどうですか?」と尋ねた。足を止めたイチローは「試合が今日だったら心配でした。でも明日なので、この一日は大きいと思います。今日でしっかり準備ができる。そうしなければいけないと思います」という答えだった。

「この一日」を実際にプラスにできたのか、準決勝の韓国戦はまたしても手に汗握る緊迫した展開になった。先発の上原浩治が素晴らしいピッチング。打線は韓国投手陣に抑えられていたものの、7回表にそれまで不振を囲っていた代打・福留孝介の2ランから打線がつながり一挙5点。6対0で勝って決勝進出を決めた。3度目の対戦でついに韓国に勝った日本の選手の表情。悔しい思いを晴らすことができた、久しぶりに見る勝者の顔だった。世界一まで、あと1勝。 そう言えば、前日練習でイ・スンヨプが「日本に3度勝つのは簡単ではない」と真剣な顔で話していた。日本でも活躍している韓国球界のスーパースターの本音。日本の野球のレベルの高さを身を持って知っているからの言葉だったと思う。本当にいろいろなことが次々に起きる中での決勝進出だった。

 僕は2001年からプロ野球、02年からメジャーリーグの実況に携わってきた。今、振り返れば06年の僕は若かったが、当時は「プロ野球とメジャーリーグの両方を何年も見続けてきた」という自負があったので、この大会には特別な思い入れがあった。絶対に面白いはずだと思っていたし、選手は本気でプレーしてくれると信じていたし、ファンにその魅力を100%伝えたかった。
  そんな大会で、日本が決勝まで進んだ。心の底から応援していたけど、正直、優勝する可能性が高いとは思っていなかったので、僕も頭の整理がよくできていない状況で決勝の夜を迎えたのを覚えている。

 決勝の相手はキューバ。誰もが認めるアマチュア最強国。日本も過去の五輪ではキューバに負け続けてきた。1996年アトランタの決勝で日本の金メダルを阻止したのもキューバ。バルセロナで野球が正式種目になってからシドニーまで、五輪でのキューバ戦は5戦全敗だった。

 でも、WBCの決勝の先発は松坂大輔。アテネでキューバ打線を完璧なまでに抑え込み、日本に五輪でのキューバ戦初白星をもたらしたのが松坂だった。4番にはアトランタの決勝で一度は同点に追いつく満塁本塁打を放った松中信彦、当時の最年少19歳で活躍した福留もいた。そしてチームを引っ張るのは、日本が誇る史上最高級の選手イチローだ。気持ちが高揚しきっていた僕は、日本が決勝で負けることはまったく想定せず、世界一になることを確信して放送に臨んだ。
  勝者の価値を伝えるには、敗者の価値を伝えなければいけない。キューバがいかに強いチームなのか、どんな歴史があるのか、この大会に出場するためにどれだけ譲歩してきたか。

 キューバのフィデル・カストロ議長は学生時代にはメジャーリーグ選抜を相手に好投し、契約のオファーもあったが、それを蹴って学生闘争に身を投じたという。野球には熱かったと伝え聞く。キューバがWBCの分配金全額をアメリカのハリケーン被害者に寄付したことも思い出した。僕なりに調べ、取材したことを整理して、そこはしっかり伝えようと努めた。

 当時は亡命以外にメジャーリーグや日本でプレーすることはできなかったが、後にメジャーリーグでプレーするユリ・グリエルとアレクセイ・ラミレス、日本でプレーするセペダがいた。
  1回表、日本打線がつながった。キューバ投手陣の乱調につけこんで、2つの押し出しと今江のタイムリーで4点先制。先発松坂は初回先頭打者ホームランで1点を失ったものの、4回までピンチを凌ぎ続けた。5回にリードを広げた日本だが、反撃を食らって1点差まで追い上げられた

 8回、抑えの大塚晶文が登場。ペトコ・パークに大音量で響いた『Hells Bells』には鳥肌が立った。『Hells Bells』は大塚が当時セットアッパーを務めていたパドレスのクローザー、ホフマンの登場曲。パドレスの本拠地ペトコ・パークが舞台だから、これ以上ない演出だった(後に大塚から「前もってホフマンに許可をもらっていた」と聞いた)。

 日本は9回、イチローのタイムリー、川ア宗則の「神の手」で追加点を奪うと、代打の福留が準決勝に続いてまた打った。イチローの好走塁もあった。小笠原道大の犠飛もあった。10対5と突き放した日本が勝利を決定づけた。9回裏、大塚が最後の打者グリエルを空振り三振に斬って両手を突き上げた。余計なセリフを言うべきではないと考えていた僕は、「日本勝ちました。ワールドベースボールクラシック、初代チャンピオンは日本」と実況した。
  イチローが話していた「世界一を決める大会」で、松坂がひたすら追い求めていた「世界で一番」になった。MVPに選ばれたインタビューで「日本が一番だということを証明しにきた」と胸を張る松坂の表情は晴れやかで誇らしげだった。

 僕は普段は贔屓なくニュートラルな実況を心がけているが、この日ばかりは日本を応援する気持ちが完全に勝っていた。最後に「ありがとう、王ジャパン」と言って放送を終えると、涙が出てきた。そして、「終わってしまった」という脱力感を味わいながら、グラウンドに降りて行った。

 王監督、松中、大塚、松坂と話したことはよく覚えている。松坂と話しているところが日本の地上波で映っていたらしく、ホテルに帰ってPCを開くと、ものすごい数のメールが届いていて驚いた。日本の当時の盛り上がりは、帰国して多くの人から聞くまで実感できないでいた。

 デビッドソンの大誤審も、韓国戦での屈辱も、失点率でのギリギリでの準決勝進出も、終わってみれば、すべてが良くできたシナリオのようだった。

 夢だったような14年前の第1回WBC。僕の記憶からは死ぬまで消えない思い出だ。

文●節丸裕一

【著者プロフィール】
せつまるゆういち。フリーアナウンサー。早稲田大学を卒業後、サラリーマンを経てアナウンサーに転身。現在はJ SPORTSなどでプロ野球やMLB中継を担当。フジテレビONE『プロ野球ニュース』にも出演。

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