“地方大学“で台頭した名手たち――球界を牽引する6選手の知られざる足跡を振り返る

“地方大学“で台頭した名手たち――球界を牽引する6選手の知られざる足跡を振り返る

地方大学で活躍した選手たち。左から柳田、大瀬良、則本、菊池、秋山、山川。写真:大友良行

大学野球界も“地方再生“の時代だ。

 大学野球と言えば「東京六大学」「東都大学」が実力、人気ともに2トップの座を長らく守り続けてきた。しかし、少子化が進み、「大学全入時代」に突入した2010年頃から、進学率も頭打ちになり、私大の定員割れが続出した。大学側も学生確保のための対応策に奔走。首都圏の大学でさえも、国際系の新学部新設、郊外移転の都心回帰、タワービル校舎など、あらゆる対策を講じてきた。

 一方で、地方大学は経営難を打破し、学生募集の一つとして各種スポーツ競技に力を入れた。なかでも、他大学より一足先に野球に”特化”して中央球界へ向け、知名度アップを狙ったのが東北福祉大(仙台六大学リーグ)だ。

 1962年に野球部創設。1979年に明治神宮大会、1983年に全日本大学野球選手権に初出場。以後、神宮大会と大学選手権の常連校となり、1991、2004、2018年に3回の全日本学生選手権大会で優勝を果たした。

 同時に実力のある選手たちが鍛え上げられ、次々と巣立って行った。佐々木主浩(大洋→DeNA→マリナーズ)、金本知憲(広島→阪神)、斎籐隆(大洋→DeNA→ドジャーズなど→楽天)、和田一浩(西武→中日)らがそうだ。1991年ドラフト会議では、同時に5選手が指名されたほど、自他共に認める好素材の宝庫となり、大学の知名度も今や全国区にまで成長した。

「福祉に続け」と他の地方大学も黙ってはいない。球場や寮などの施設を整備して選手を募集、練習に本格的に取り組んだ。

 やがて成果は目に見えるように現れ出した。全入時代に入ると、福祉大以外の地方大学からのプロ野球選手が続々誕生。”超一流選手”への階段を競って駆け上がって行った。今やプロ野球界の屋台骨をささえている存在だ。

 そんな彼らの学生時代の地方での活躍ぶりは、中央球界まで、なかなか届かなかった。

 新型コロナウイルスで『ステイホーム週間』の今、地方大学で結果を残し、プロの世界で夢を掴んだ選手たちの足跡を辿ってみた。
 ●秋山翔吾(シンシナティ・レッズ/外野手)
1988年生まれ。右投左打。神奈川県出身。
横浜創学館高−八戸大(北東北大学リーグ)−西武。

 小学1年から野球を始め、足が速かったので中学では陸上部を兼部。高校1年からレギュラー。3年夏は県ベスト8。プロ志望届を出すも指名漏れで八戸大へ進んだ。同大の同期に塩見貴洋投手(楽天)がいる。

 秋山は入学するやいなや、その才能を発揮し、1年春からレギュラーを掴む。通算79試合で93安打、二塁打12、三塁打2、本塁打7、打点49、打率.331。盗塁37で出塁率.429。1、4年時に大学選手権と1年秋に神宮大会の大舞台を経験した。

 1年の時に春、秋連続でリーグベスト9に輝いたが、4年春にはさらに打点14、打率.486と打ちまくり、優秀選手賞、首位打者、最多打点、ベスト9の四冠を獲得している。大学日本代表候補合宿に4回も招集されているが、なぜか最終選考では外された。2010年ドラフトで西武から3位指名を受け、今年から海外FA権を行使してレッズ入り。活躍が期待されている。
 ●柳田悠岐(ソフトバンク/外野手)
1988年生まれ。右投左打。広島県出身。
広島商高−広島経済大(広島六大学リーグ)−ソフトバンク。

『ギータ』の愛称でファンから親しまれている今や球界を代表するパワーヒッター。小学3年から野球をはじめ、6年時に左打ちに転向。高校入学時は、160pと小柄だったが、3年時は180pと20pも伸びたという。

 3年夏は県大会ベスト4で敗退。高校通算本塁打は少なく11本だった。ところが夏が終わった後、ウエイトに取り組んで並外れたパワーを身につけ、体が大幅に変化。187p92sまでに急成長した。その結果、広島経済大の大学1年秋からレギュラーとなり、首位打者とベスト9を獲得。大学通算82試合、118安打、本塁打8本(練習試合を含むと17本)、60打点、打率.428と打ちまくった。

 首位打者4回、ベスト9も6回獲得し、4年秋には1シーズン25安打を記録した。高校時代の一本足打法からすり足打法に代え、その思い切ったフルスイングが話題となり”安芸のボンズ(元パイレーツ、ジャイアンツ)”と呼ばれるまでに長距離砲として成長した。当時から足も速く50m5.9秒、遠投120mと肩も強い。ただ大学選手権には、2018〜10年まで3季連続出場したが、安打がたった2本と結果が出なかったことが心残りだろう。

●菊地涼介(広島/二塁手)
1990年生まれ。右投右打。東京都出身。
武蔵工大第二高(長野県)−中京学院大(東海地区大学野球連盟岐阜学生リーグ)−広島。

 高校では三塁手、大学1年春から遊撃手でレギュラーを確保して打点王に輝いた。小柄だが、リストが強く、身体能力が高いのでどんなボールにも対応でき、パンチ力のある打球を放つ。遠投117mと強肩。足も50m5秒9で一塁到達タイムが4.3秒。打球に跳びつくガッツある守備では「プロでもすぐ使える」「まるで忍者」と評価されたほどだ。

 大学通算83試合、106安打、打点49、打率.379、本塁打10本。09年春に打点王、09年春秋には首位打者と本塁打王。09年春には三冠王。5回のベスト9と、申し分のない成績を残して、広島にドラフト2位で指名された。
 ●大瀬良大地(広島/投手)
1991年生まれ。右投右打。長崎県出身。
長崎日大高−九州共立大(福岡六大学リーグ)−広島。

 野球を始めたのは小学4年から。高校では3年夏に甲子園出場し、1回戦でセンバツ準優勝投手の菊池雄星(現シアトルマリナーズ)を擁する花巻東と対戦。6回まで2失点に抑えたが、7回に降板すると、リリーフ投手が打たれ5対8で逆転負けした。この試合、147qを投げ、プロから注目されたが志望届は出さず、九州共立大へ進学した。

 大学では1年春に5勝0敗、防御率0.63でベスト9とチーム優勝に貢献した。第60回大学選手権でベスト4。第38、40回の日米大学野球の米国遠征メンバーに選ばれ、計4試合9.1イニングで奪三振8、防御率0.96と外人相手にも結果を残した。

 10年秋に新人賞、10年春、11秋、12年春秋にベスト9に選ばれ、11年春秋、12年春と3季連続MVP。12年秋は敢闘賞と、投手部門の賞をほぼ独り占めにした。特筆すべきは、4年秋の開幕試合で福岡工大相手に153qを出し16三振を奪ったことだろう。

 リーグ通算成績は、57試合380イニング38勝8敗。奪三振379、防御率1.07。2013年ドラフトで広島が1位指名した。
 ●山川穂高(西武/内野手)
1991年生まれ。右投右打。沖縄県出身。
中部商高−富士大(北東北大学リーグ)−西武。

 ふっくらとした体型で本塁打を放ち、『どすこい!』とベンチ前で演じるパフォーマンスが大ウケだ。

 そんな山川が野球を始めたのは小学4年から。中学時はクラブチームとバレーボールを両立したが、高校は野球一本で2年秋から四番に座り、3年春に沖縄水産戦で3ランを含む5打点。3年夏は決勝で興南に敗れ凖優勝に終わった。

 富士大では1年春からレギュラー。2年時に日米野球で左翼場外へ満塁弾を放てば、4年春のリーグ戦でバックスクリーンへ140m弾をぶち込んだ。リーグ通算78試合で273打数80安打。本塁打11本、打点55、打率.293.長打率.460の活躍で、1年秋に打点王、1、3年春に一塁手としてベスト9に選出された。また、2年春は外野手でベスト9、4年春はDHでベスト9入りし、2013年ドラフトで西武から2位指名を受けた。

 習字8段の免許を持ち、ピアノを上手く弾くこともできる多才な一面も。
 ●則本昂大(楽天/投手)
1990年生まれ。右投左打、滋賀県出身、
八幡商高−三重中京大(東海地区大学リーグ)−楽天。

 大学4年時の全日本選手権で大阪体育大を相手に延長10回投げ20個の三振を奪い、タフネスぶりを発揮。特別賞を受賞した。通算成績は、33勝0敗で防御率0.56と圧倒的な数字を残し、リーグMVPが1回、ベスト9が2回に輝いている。

 小学時は水泳もやっていたので、エースになったのは5年生から。高校1年時にチームは甲子園出場を果たしたが本人はベンチ外で、2年からエースになり、とにかく走りまくったそうだ。高校時代は、MAX154kmを記録し、ストレート中心にスライダー、フォーク、カーブ、チェンジアップ、スプリットと球種も豊富。スリークオーター気味に投げ込むが、リリース時に顔が上を向くので写真は撮りにくかった。

 大学では大活躍したものの、三重中京大が2013年で閉校が決まっており、則本らは最後の卒業生になってしまった。2012年ドラフトで、楽天から2位指名を受けた。

取材・文●大友良行

【著者プロフィール】
おおとも・よしゆき/元大手新聞社の報道写真記者。事件事故取材の傍らメジャーリーグやサッカーW杯などの欧州サッカーを取材。現在は、全国の大学野球、春夏の甲子園をはじめとする高校野球、都市対抗を中心に社会人野球などを深く取材している。著書に「野球監督の仕事(共著・成美堂出版)」、「CMタイムの逆襲(東急エージェンシー)」などがある。

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