【担当記者が見た大谷翔平】適応力の高さはお墨付き。目標設定が難しい中、本拠地で着々と土台作り

【担当記者が見た大谷翔平】適応力の高さはお墨付き。目標設定が難しい中、本拠地で着々と土台作り

大谷はトミー・ジョン手術から打者として復帰した昨年も、スケジュール通りにしっかり仕上げてきた。(C)Getty Images

MLBが開幕することなく、5月中旬が過ぎた。本来なら今頃、大谷翔平はトミー・ジョン手術からのメジャー復帰登板を飾っているはずだった。アリゾナ州テンピでのスプリング・トレーニングでは、2月下旬からブルペン入り。復帰登板予定日から逆算して、着実にステップを踏んでいた。ところが、新型コロナウイルスの感染拡大で、復帰ロードはいったん白紙。仕切り直しとなった。

 メジャーでの過去2年間、故障からの復帰の際に首脳陣から設定されたスケジュールにきっちり合わせてきた。1年目、6月6日のロイヤルズ戦後に右ヒジの故障が判明。約3ヵ月後、9月2日のアストロズ戦で復帰登板を果たした。約2週間前の8月18日には、調整のペースについて「予定通り来ているとは思うので、特に遅いとか早いとかはない」と言っていた。焦らず、淡々と、冷静に。後退もなく、復帰の設定日に向けて一歩ずつ進んでいた。

 メジャー2年目は、前年10月に受けたトミー・ジョン手術の影響で打者に専念した。開幕はリハビリ中だったが、5月7日のタイガース戦から打線の中軸として出場。その約2ヵ月前、キャンプ中の3月上旬に大谷は「とにかく良い状態で計画通りにまず復帰するというのが、目先の目標」と話していた。この時点ですでに、復帰までのイメージと道筋は出来ていたようだ。
  怪我からの復帰ロードだけでなく、技術面でも設定日に遅れることはなかった。1年目のキャンプ。オープン戦では投打で苦戦した。それでも、打者としては開幕直前にタイミングの取り方を変更し、投手としては滑りやすいとされるメジャー球にも最終的に対応した。目標を定め、そこに逆算して合わせる――やるべきことを消化しながら、“期限”の開幕までに二刀流をメジャーレベルに仕上げた。

 迎えた3年目。MLBは7月4日までの開幕を目指しているが、依然として具体的な日程は決まっていない。大谷にとって、現状で目標の設定は難しいかもしれない。とはいえ、適応力の高さはお墨付き。花巻東高時代から目標設定シートを作成し、過程を一つ一つクリアしてきただけに、柔軟に、かつ順序立てて開幕に間に合わせるだろう。そのための土台を今、本拠地エンジェル・スタジアムで着々と作り上げている。

文●斎藤庸裕

【著者プロフィール】
さいとう・のぶひろ。1983年、埼玉県生まれ。日刊スポーツ新聞社でプロ野球担当記者を務めた後サンディエゴ州立大学でスポーツビジネスを学ぶ。2018年から大谷翔平の担当記者を務める。日刊スポーツでコラム「ノブ斎藤のfrom U.S.A」を配信中。

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