「反逆者」と呼ばれた男たちが切り拓く日本球界の未来【3】「自分が成長できる方を取っただけ」田澤純一が今、明かす渡米の理由

「反逆者」と呼ばれた男たちが切り拓く日本球界の未来【3】「自分が成長できる方を取っただけ」田澤純一が今、明かす渡米の理由

13年、田澤はセットアップとして大車輪の活躍を見せ、レッドソックスの世界一に大きく貢献した。(C)Getty Images

集団の中にあの男を見つけることはできなかった。

 数多いるキャンプ招待選手の中での彼は独立独歩、己の道を歩いていた。シンシナティ・レッズがスプリング・トレーニングを張るアリゾナ州グッドイヤーで田澤純一を見かけたのは、コロナ禍の影響で解雇通告を受ける前の、3月初旬の頃だった。

 野手の練習を見ていると、室内練習場とサブグラウンドをつなぐ通路に田澤が一人で通りかかった。なじみの現地記者たちと会話する様子は、さすがアメリカに来て12年も経つ投手の振る舞いだった。

 この取材を始めようと決意した時、どうしても話を聞かなければいけないと強く思ったのが、この田澤だった。

 横浜商大高を経て新日本石油(現JX- ENEOS)に進んだ田澤は、2007年時点からドラフトの目玉として注目されていた。その年こそチームを都市対抗優勝に導くために残留したが、翌年、ドラフトを前にしてメジャー挑戦を表明。同時にNPBの12球団宛にドラフト指名見送りを求める文書を送付。12月になってレッドソックスと契約した。 それまでも、日本の球団を経ずにアメリカに渡ったケースはあったが、田澤のようなアマチュアのトップ選手がアメリカの球団と契約を交わすのは初めてのことだった。

 この事態を前にNPBは動いた。田澤のようなケースを今後なくすため、田澤を含めた海外挑戦者を罰する規則を決めたのだ。いつしか"田澤ルール"と呼ばれるようになったこの規定は、海外球団を退団した、NPB球団には即復帰できないという、いわば海外挑戦者を裏切り者扱いするようなものだった。

 海外挑戦を否定するルール。グローバル化の時代にはまったくそぐわないものだが、それがまかり通ってしまうことに球界の体質の古さがある。プロ野球選手会はホームページに「NPBが、アジア最高リーグとして、メジャーリーグと対等、あるいはそれ以上のブランド力とビジネス規模を有するリーグになることを目指すべきであり、日本のアマチュア選手にとって、メジャーよりも魅力のあるリーグになることが、最も重要であると考えています」という声明を出しているが、田澤ルールの精神は明らかにこれに逆行する。 話を戻す。田澤にこちらの取材意図を伝えると、快く協力してくれた。まず、高卒即メジャー行きを口にする選手が現れたことについて尋ねた。

「天理の選手についてですよね。今、若者が目指しているところにNPBもあれば、メジャーリーグもある。選択肢が増えたということじゃないのかなと思います。僕らの時代は、野茂英雄さんやイチローさん、松井秀喜さんを見てメジャーを知るようになりましたけど、今の高校生たちは当たり前にメジャーを見ることができる。高校生でもメジャーに来たいと思うのは必然なんじゃないかなと思います。サラリーマンだって海外で仕事をするわけだし、サッカー界では久保(建英)くんがスペインに行くと『頑張ってこいよ』って報道のされ方をするじゃないですか。でも、野球界では『田澤ルールだ』と言われるのは少し残念だなって思います」

 もっとも、田澤はメジャーが優れていて日本が劣っているという捉え方をしてきたわけではない。「今年はアダム・ジョーンズが日本へ行きましたよね。アメリカからもスーパースターが行く時代。日本の野球が認められているっていうことでしょう」 そもそも田澤自身、メジャーへの憧れからアメリカ行きを決意したわけではなく、当初は日本でプレーすることを考えていた。ただ、自身の将来設計を描く中で日本とアメリカの違いを感じ、その時点ではアメリカに渡る方が得策と考えたのだ。

「違い」とは、具体的に言えば育成方針だ。

「僕は3年契約でこっちに来たんですけど、最初からメジャーの舞台に立てると思ったわけじゃないんですよ。社会人から日本のプロに行く場合は『即戦力』という見られ方をする。でも、当時の僕はその自信がなかった。自分がどうやったら成長できるかという観点で考えた時に、じっくり育ててくれるのがアメリカの方でした。誤解されているので理解してもらいたいのですが、僕はNPBが下でメジャーが上と見ているわけではなくて、その時の自分が成長できる方を取っただけなんです。それなのに、『調子に乗っている』と変な風に捉えられてしまったのが事実なんです」 これまであまり語られてこなかった事実だが、元々が慎重だった田澤にとっては、日米の育成方針の違いは大きなものだった。アメリカに来ることで、じっくり力を積み上げることができた。その結果が、2013年にセットアップとしてワールドチャンピオンに輝くというところにまでつながっているのだ。

 田澤はこんなことも言っている。
「今、日本の選手たちの多くがオフにアメリカに来てトレーニングをしていますよね。それはつまり、アメリカがやっていることを認めているんじゃないの? って思うんです。トレーニングはどうやって上手くなるかを考えてメニューは作られている。いいところは認めて吸収しつつ、日本は日本でいいところがあるわけですから、それが世界に通じるものにできたらいいんじゃないでしょうか。お互いのいいところを認め合うことが大事なんじゃないかなと思います」

 日本の選手を獲得しようとするアメリカの姿勢を、紳士協定を縦に非難したり、アマチュア選手の海外挑戦にルールを決めたりすることがいかに愚かであるか痛感させられる。 今回のこの企画のルーツは2009年にさかのぼる。その年、当時・花巻東の菊池雄星がメジャー挑戦を封印してプロ野球入りを表明する際に会見で号泣した。彼のその後の野球人生を追いかける中で、アマチュア選手が直接アメリカに渡ることについて深く考えるようになったのだ。

 菊池、吉川、田澤の取材から最も強く感じたのは、海外挑戦を目指す選手を悪者扱いしたり、心ない批判を浴びせたりすることは球界の発展を妨げるということだ。

 菊池は「子供の夢を邪魔する存在は身近にいる」と言った。吉川は「勉強していない人が人生の選択に関わるべきではない」と言った。そして、田澤はこう願いを込めた。「メジャーはいろんなことをどんどんやっていこうとしています。ワールドドラフトが始まってアジアがドラフトの対象になれば、日本から直接アメリカに行ける。実際、中学を卒業した選手がアメリカに行く時代になっているわけじゃないですか。そんな中でこれからも『ルール』で縛っていくのか。それとも、うまくメジャーと共存していくのか。天理の子に関しては、どのレベルにあるかはわかりませんが、メジャーへ挑戦したい気持ちを表明しているのであれば、どうしたら彼の成長のためにつながるのか。NPBがいいのか、メジャーなのか、それとも他の選択肢なのか。しっかり話し合いをしてあげてほしいですね」 田澤ルールが撤廃され、多くの選手が夢の実現に挑戦しやすい状況が整備されることを、ただただ願う。それは、田澤本人が最も望んでいることでもある。

 それによって、日本球界が未来への新たな一歩を踏み出すことになるからだ。

取材・文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)

【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『スラッガー』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園という病』(新潮社)、『メジャーをかなえた雄星ノート』(文藝春秋社)では監修を務めた。

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