【2010年代通信簿:巨人】セ最多のリーグ優勝4回も育成に課題を残して日本一は1度だけ

【2010年代通信簿:巨人】セ最多のリーグ優勝4回も育成に課題を残して日本一は1度だけ

10年代のリーグ優勝4回はすべて原監督の指揮下で達成されたものだった(写真)朝日新聞社

2020年、新たな年代が幕を開ける。ここで改めて、各チームの過去10年間の戦績を通信簿形式で評価してみたい(通信簿は「よくできました」「まずまずです」「可もなし不可もなし」「がんばりましょう」の4段階)。まずは"球界の盟主"を自負する巨人の軌跡を振り返ってみよう。

■2010年代通算成績
764勝622敗49分(勝率.551)/セ・リーグ1位(12球団2位)
日本一:1回 リーグ優勝:4回 CS進出:9回

通信簿:まずまずです

 10年間の勝率.551、原辰徳監督の下で果たした4度のリーグ優勝はいずれもセ・リーグベストと堅調な強さを見せた。10年代前半には、07〜09年のリーグ3連覇中にMVPを獲得した小笠原道大とアレックス・ラミレスが衰えを見せたが、代わって生え抜きの阿部慎之助や坂本勇人、内海哲也らがチームの柱に成長。彼らを戦力の土台としつつ、積極的にFA補強も展開したが、補強組の成否がそのままチームの明暗を分けるシーズンが多かった。

 12年は杉内俊哉や村田修一がFA補強で加わり、3年ぶりのリーグ優勝。勝率.667は00年以降では今に至るまで12球団最高の数字で、交流戦、CS、日本シリーズ、アジアシリーズも制してプロ野球初の5冠を獲得するなど圧倒的な強さを発揮した。その後も00年代後半から王朝を築いていた中日に陰りが見える中で補強の手を緩めず、14年までリーグ3連覇と隆盛を築いた。
  だが、原監督の辞任を受けて高橋由伸が指揮を執った16年からの3年間は停滞した。混迷の末に迎えた新監督の指導者経験不足を指摘する声は多かったが、同時に主力に衰えの気配が見え始めた時期でもあった。17年には陽岱鋼や山口俊らを獲得する「30億円補強」を施しながら、球団ワーストの13連敗を喫するなど11年ぶりにBクラスへと転落。3年連続でリーグ優勝を逃した18年を最後に、高橋監督と鹿取義隆GM兼編成本部長が辞任した。

 原監督が3度目の復帰を果たした19年は、前年まで2年連続でMVPを獲得していた丸佳浩を5年総額25億5000万円でFA補強。坂本が遊撃手では史上2人目の40本塁打を放つ大活躍を見せて5年ぶりのリーグ優勝を飾った。

 もっとも、リーグ内では強さを発揮したものの、10年間で日本一は一度だけ。特に19年はソフトバンクにスウィープ負けし、資金力こそ同格でも育成力の差をまざまざと見せつけられる格好となった。
  ドラフトを振り返ると、06〜14年の9年間で1位指名した選手はほぼ順調に活躍。坂本(06年)、長野久義(09年)、澤村拓一(10年)、菅野智之(12年)、小林誠司(13年)、岡本(14年)と主力級の名前がズラリと並ぶ。その間に1位指名選手の抽選くじを8回引き、当たりは2回だけと不運に泣いた点を考慮しても、十分な収穫だ。

 一方で、より育成力が問われる2位以下ではあまり成果を挙げられていないのも事実。同期間にドラフトで全球団最多の103人が入団したが、1位以外の選手(育成含む)で通算30勝以上は田口麗斗だけ、規定打席到達者は一人もいない。

 11年に現在の三軍にあたる「第2の二軍」を設置し、16年から正式に三軍制度を敷いたが、思うように一軍へ戦力を供給できていない。同じく巨大戦力を擁して三軍制を敷くソフトバンクは、育成から千賀滉大や甲斐拓也を育て上げた。両チームの育成力の違いが19年の日本シリーズで浮き彫りになったと言っても過言ではないだろう。
  阿部が19年限りで引退し、坂本も今年32歳、菅野も近い将来、海を渡る可能性がある。チームが過渡期を迎えている状況を鑑みても、今後は育成力がより重要になってくるはず。また、10年代は「清武の乱」(10年)や野球賭博(15年)など、「巨人軍は常に紳士たれ」のスローガンに相反する醜聞も目立った。今一度襟を正し、「球界の盟主」にふさわしい強さを発揮したい。

文●藤原彬

著者プロフィール
ふじわら・あきら/1984年生まれ。『スラッガー』編集部に2014年から3年在籍し、現在はユーティリティとして編集・執筆・校正に携わる。

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