【2010年代通信簿:楽天】田中、則本など投手の活躍が目立った一方、打線は長打力不足が穴に

【2010年代通信簿:楽天】田中、則本など投手の活躍が目立った一方、打線は長打力不足が穴に

13年、田中の神がかり的な活躍もあって球団創設以来初の日本一を果たした。写真:朝日新聞社

2020年、新たな年代が幕を開ける。ここで改めて、各チームの過去10年間の戦績を通信簿形式で評価してみたい(通信簿は「よくできました」「まずまずです」「可もなし不可もなし」「がんばりましょう」の4段階)。今回は楽天。13年に球団創設以来初の日本一を達成したが、10年間全体ではどうだっただろうか?

■2010年代通算成績
666勝730敗39分(勝率.477)/リーグ4位(12球団8位)
日本一:1回 リーグ優勝1回 CS進出:3回

通信簿:まずまずです

 今のプロ野球で、楽天ほどオーナーの存在感が濃厚なチームはない。チームの方向性に三木谷浩史オーナーの意向が強く反映されているのは間違いなく、監督人事にもそれは現れている。10年代だけで3人の監督が1年限りで退任(10年のマーティ・ブラウン、15年の大久保博元、19年の平石洋介。ただし平石は18年に監督代行経験あり)、こんなに落ち着きがないのは楽天だけだ。
  その中にあって、ただ一人確固たる実績を残したのが。11〜14年に指揮を執った星野仙一だった。中日と阪神で優勝経験を持ち、就任記者会見ではオーナーから「魂の注入」を期待された闘将は、イーグルスを戦う集団へ変えた。もっとも、すぐに結果は出たわけではなく、東北地方が東日本大震災に見舞われた11年は、日本中の声援を受けて戦いながらも5位で終わった。

 この年19勝、防御率1.27の両部門で1位となり沢村賞に輝いた田中将大は、13年開幕から驚異的な投球を続ける。8月9日にプロ野球新記録の開幕16連勝、同時に前年から20連勝のタイ記録を達成し、次の登板では新記録。最終的に24勝で黒星は一つもつかず、防御率は1.27。勝利数、勝率との三冠でMVPを受賞した。チームも田中に引っ張られ、結成9年目にして初のリーグ優勝を果たした。

 的確な外国人補強も優勝の大きな要因だった。アンドリュー・ジョーンズは26本塁打、94打点に加えてリーグ最多の105四球を選び、ケイシー・マギーは打率.292、28本塁打、93打点で三塁のベストナインに選ばれた。12年にリーグ4位の491得点、同6位の52本塁打だった打線は、彼らの加入により628得点(2位)、97本塁打(3位)と見違えるように向上した。
  クライマックスシリーズではロッテを撃破。巨人との日本シリーズでは、第6戦でついに田中が敗戦投手となったが、第7戦は先発の美馬学から則本昂大へつなぎ、最後は前日に160球を投げた田中が締める完封リレーで日本一を勝ち取った。

 田中がメジャーリーグへ旅立ち、マギーも退団した14年は一気に最下位へ転落。星野監督も退陣し、球団副会長に転任した。田中に代わってエースに昇格したのは則本で、17年は15勝、自己最多の222奪三振。18年まで5年連続奪三振王となり、これはプロ野球史上3人目、右投手では初の偉業だった。13年のドラフトで5球団による抽選で入団した松井裕樹も、15年から抑えに定着して3年連続30セーブ、19年は38セーブでタイトルを獲得した。18年には前年に西武からFAで移籍してきた地元出身の岸孝之が最優秀防御率に輝いた。
  このように投手陣が好成績を残しても、14年以降は最高3位どまりなのは、打撃陣の力不足が原因。銀次や島内宏明らアベレージタイプの好打者はいるが大砲が慢性的に不足し、そこを助っ人で補おうとケビン・ユーキリス(14年)、ギャビー・サンチェス(15年)、ジョニー・ゴームズ(16年)などメジャーでも名の知れた大物を毎年のように加入させたが失敗が続いた。

 それでも19年は、西武からFAで加入した浅村栄斗と、新外国人のジャバリ・ブラッシュがともに球団新記録の33本塁打を放ち、CS進出を果たした。18年8月に就任した石井一久GMはFAも含めチーム強化に積極的に動いている。ソフトバンクという巨大な壁が立ちはだかるとはいえ、20年代に再び頂点に立つ可能性は決して低くないだろう。

文●出野哲也

【著者プロフィール】
いでの・てつや。1970年生まれ。『スラッガー』で「ダークサイドMLB――“裏歴史の主人公たち”」を連載中。NBA専門誌『ダンクシュート』にも寄稿。著書に『プロ野球 埋もれたMVPを発掘する本』『メジャー・リーグ球団史』(いずれも言視舎)。

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