【2010年代通信簿:DeNA】大学即戦力投手を指名するドラフト戦略が成功して暗黒時代から脱出

【2010年代通信簿:DeNA】大学即戦力投手を指名するドラフト戦略が成功して暗黒時代から脱出

山崎をはじめドラフト1位で指名した大学生投手が例外なく主力へ成長した。写真:朝日新聞社

2020年、新たな年代が幕を開ける。ここで改めて、各チームの過去10年間の戦績を通信簿形式で評価してみたい(通信簿は「よくできました」「まずまずです」「可もなし不可もなし」「がんばりましょう」の4段階)。今回はDeNA。今や球界屈指の人気球団となったベイスターズだが、10年前はどん底状態にいた。

■2010年代通算成績
614勝779敗42分(勝率.441)/セ・リーグ6位(12球団12位)
日本一:0回 リーグ優勝:0回 CS進出3回

通信簿:がんばりましょう

 親会社の経営努力によってチームはこれほどまでに変わるものなのか。ベイスターズの10年前と今を比較すると、そう思わずにはいられない。02年から10年続いたTBS傘下時代は内川聖一、村田修一ら素晴らしい選手を輩出しながら何と8度の最下位と低迷。10年オフにFAでチームを去った内川の「(横浜を)出ていく喜び」というコメントがインターネットでネタとして定着するほど“残念”な球団になってしまっていた。
  11年オフにDeNAがチームを買収。前向きで明るい性格で知られる中畑清新監督を迎え、ユニフォームや球団旗、マスコットも一新してイメージチェンジを図り、14年にはキューバの至宝ユリエスキ・グリエルを獲得して球界を驚かせたが、4年間で最下位と5位が2度ずつと、結果に結びつかなかった。

 一方、筒香嘉智を我慢強く起用し、山崎康晃を1年目の開幕から抑えに抜擢するなど、これはと見込んだ選手を育て上げた功績は大きかった。中畑監督の明るいキャラクターと球団の営業努力により、横浜スタジアムの観客動員も徐々に増え、低迷中ではあっても以前の暗黒球団のイメージは薄れつつあった。

 そんな中で就任したアレックス・ラミレス新監督の下、チームはさらなるレベルアップを果たした。中畑前監督と同様、明るい性格とパフォーマンスが持ち味のラミレス監督は、采配面ではデータを重視する一方、インタビューなどでは一歩下がって選手を主役にしようという立場をとった。
  16年、2年目の石田健大、新人の今永昇太の台頭で先発陣が充実し、野手も宮崎敏郎、桑原将志らが定位置をつかむなどして戦力の底上げに成功。7月には筒香が3戦連続を含む月間6度のマルチ本塁打(いずれもプロ野球記録)と爆発するなど打線を牽引し、11年ぶりのAクラス、球団初のCS進出を果たした。

 翌17年は10年代で最も充実したシーズンとなった。打線は8月の広島戦で筒香、ロペス、宮崎が史上初の3連続本塁打によるサヨナラ勝ちを演出。3位ながら16年ぶりの勝ち越しでシーズンを終えると、CSでは阪神、広島を破る下克上で日本シリーズ進出。ソフトバンクを相手に3連敗から2連勝と意地を見せて散ったが、日本一に輝いた98年以来の大舞台にハマっ子は沸き立った。

 10年代後半の浮上を支えたのは意図が明確なドラフト戦略だ。以前は年ごとに指名傾向がブレていたが、14年から5年連続で大学生投手を1位指名する即戦力重視のドラフトを敢行。山崎(14年)、今永(15年)、M口遥大(16年)、東克樹(17年)、上茶谷大河(18年)がいずれも1年目から結果を残したのは見事の一言だ。
  18年から加入したソトが2年連続で本塁打王に輝くなど打者有利の本拠地を生かした重量打線の伝統は続いているが、出塁率の低さや守備・走塁の拙さなど課題も見えてきている。個々の能力を伸ばすモチベーターから集団を機能させる指揮官へ。球団買収から10年近くに及ぶ再建プロジェクトの総仕上げとして、ラミレス監督の“次”を考える時期に来ているのかもしれない。

 それはともかく、10年代全体としての評価はどう考えるべきだろうか。ここ4〜5年の歩みを見れば手放しで称賛したくもなるが、10年間の勝率.441は12球団ワースト。最も多く勝ったシーズンでも貯金わずか8では厳しい評価にならざるを得ない。20年代の総括は「よくできました」となるか注目したい。

文●城ノ井道人

【著者プロフィール】
しろのいみちと。会社勤めの後、渡米してMLB記者として全米を飛び回る。。日米問わず若手有望株への造詣が深く、仲間内で「日本版ファンタジーリーグ」を毎年、開催して次代のスター発掘に余念がない。

【DeNA PHOTO】ラミレス監督が見守る中、選手たちが猛アピール!

 

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