【MLB今日は何の日】「ドラフト史上最高の大物」ストラスバーグがデビュー登板で7回14奪三振の快投

【MLB今日は何の日】「ドラフト史上最高の大物」ストラスバーグがデビュー登板で7回14奪三振の快投

大注目のメジャーデビュー戦で圧巻のピッチングを繰り広げたストラスバーグにファンは大歓声を送った。(C)Getty Images

「史上最高のドラフト指名選手」との謳い文句に偽りはなかった。

 ちょうど10年前の2010年6月8日、スティーブン・ストラスバーグ(ワシントン・ナショナルズ)が、地元ナショナルズ・パークでのピッツバーグ・パイレーツ戦でメジャー初登板を果たした。200名もの取材陣が集まった大注目の試合で、21歳の右腕は圧巻のピッチングを繰り広げた。

 試合開始時点から、球場は下位チーム同士の対戦とは思えないほどヒートアップしていた。1、2番を難なく打ち取ったストラスバーグは、3番のラスティングス・ミレッジ(12〜15年にヤクルト在籍)から外角へ逃げるカーブで記念すべきメジャー初奪三振。4万315人のファンはいきなり総立ちの大歓声でストラスバーグを迎えた。

 4回に本塁打で2点を失ったストラスバーグだが、5回最終から7者連続奪三振の離れ業。6回に味方が逆転し、勝ち投手の権利を得て上がった7回のマウンドはギャレット・ジョーンズ(16〜17年に巨人在籍)を空振り三振、続くデルウィン・ヤングとアダム・ラローシュはそれぞれ3球で空振り三振に仕留め、デビュー登板でいきなりチームの球団記録を塗り替える14奪三振でマウンドを降りた。その頃には、球場にいた誰もが偉大な投手のデビューに立ち会ったことを確信していた。
  ナショナルズファンは、ストラスバーグのデビューを文字通り首を長くして待っていた。05年のワシントンDC移転からの5年間で最下位4度と低迷していたチームにとってストラスバーグは“救世主”になってくれるはずの存在だったのだ。

 サンディエゴ州大で活躍していたストラスバーグは、08年の北京五輪で大学生で唯一、アメリカ代表に選出。3年生時は3勝1敗、防御率1.32、100イニングで195奪三振、19四球と圧巻の成績を残し、ホームグラウンドでの最後の登板は17三振を奪ってのノーヒッターを達成した。09年6月のドラフトで、ナショナルズはストラスバーグを迷わず全体1位で指名。入団交渉では代理人のスコット・ボラスが総額5000万ドルをふっかけたが、結局、契約金750万ドル、総額1510万ドルで同意。どちらの金額も史上最高だった。
  デビュー後も7月21日までの9試合で5勝2敗と快投を続け、一大センセーションを巻き起こしていたストラスバーグだが、肩の不調を訴えて約3週間離脱。いったんは復帰したものの、9月にトミー・ジョン手術を受けるに至った。復帰後の12年には8月までに15勝を挙げながら、イニング制限に達したとの理由でプレーオフを欠場して論議を呼んだ。
  その後も故障が多く、“ガラスのエース”と呼ばれた時期もあったが、19年は18勝を挙げて最多勝。ワールドシリーズでも気迫のこもった投球でチームに創設以来初の世界一をもたらし、自らはMVPを獲得した。デビュー時にファンが期待した通りの“救世主”となったのである。

文●出野哲也

【著者プロフィール】
いでの・てつや。1970年生まれ。『スラッガー』で「ダークサイドMLB――“裏歴史の主人公たち”」を連載中。NBA専門誌『ダンクシュート』にも寄稿。著書に『プロ野球 埋もれたMVPを発掘する本』『メジャー・リーグ球団史』(いずれも言視舎)。

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