なぜか中日に縁あり? ハリスからディンゴ、A・マルティネスに至る“助っ人外国人捕手”の系譜

なぜか中日に縁あり? ハリスからディンゴ、A・マルティネスに至る“助っ人外国人捕手”の系譜

中日にはマルティネスが登場する以前にも、2人の外国人捕手”が在籍していたことがある。写真:産経新聞社

中日のアリエル・マルティネス捕手が、球史に新たなページを刻んでいる。5日の巨人戦で外国人捕手として29年ぶりのスタメンマスクをかぶって猛打賞を記録。初めて捕手として出場したその前日には、いきなり俊足の吉川尚輝の盗塁を阻止するなど、攻守で存在感を発揮している。

 プロ野球の歴史を振り返ると、”外国人捕手”は非常に珍しい存在であることが分かる。

 A・マルティネスの前にキャッチャーで先発出場したの助っ人はマイク・ディアズ(ロッテ)だが、彼は本職の捕手だったわけではない。通算350試合のうち、マスクをかぶったのはわずか21試合。ほとんどが指名打者での出場だった。

 セ・リーグでは2000年に同じく中日に在籍したディンゴ以来20年ぶりの外国人捕手とも言われるが、これも厳密には正しくない。本名をデーブ・ニルソンというディンゴは、来日前年の1999年に捕手としてMLBオールスターにも選ばれた超大物だったが、中日でマスクをかぶったのはわずか1試合で、しかも3イニングのみ。出場した18試合はすべて、外野手だった。

 やはり外国人選手の場合、捕手が本職だったとしても言葉の壁などもあり、日本でキャッチャーを務めるのは難しいようだ。95年に日本ハムに在籍したティム・マッキントッシュも本来は捕手だったが、日本では一塁と外野を守っただけ。この年は1月に起きた阪神淡路大震災復興支援のため、オールスターに先駆けて日本人選抜対助っ人外国人選抜のチャリティ・ドリームゲームが行われ、マッキントッシュが捕手を務める予定だったが、打撃不振で6月に解雇。そのため、定詰雅彦(当時ロッテ)と大久保博元(当時巨人)が、それぞれ「ジョー」と「デーブ」の登録名で代役を務めた。
  ただ、捕手として活躍した外国人選手がまったくいなかったわけではない。54〜55年にパ・リーグの捕手ベストナインに選ばれたのは、チャーリー・ルイス(毎日)というハワイ出身の選手だった。両年ともパスボールを10個以上記録するなど守備には難があったが、54年に打率.292、15本塁打90打点、OPS.846を記録した強打を武器に、2年連続でオールスターにも選ばれた。

 そしてルイス以上に活躍したのが、プロ野球創成期の37年秋にMVPを受賞した後楽園イーグルスのバッキー・ハリスである。強肩から繰り出す正確な送球と巧打を兼ね備えたハリスは、熱心に日本語を勉強し、一時は日本永住も決意したといわれる親日家でもあったが、日米関係の悪化で帰国を余儀なくされている。「バッキー」は、MLBで内野手および監督として活躍した同名の名選手にちなんだもので、本名はアンドリューといった。

 なお、このハリスが来日当初に入団したのは、中日の前身である名古屋軍。前述のディンゴ、そしてA・マルティネスと、数少ない外国人捕手のうち3人が中日に縁があるというのも奇妙な偶然だ。ぜひA・マルティネスには、ハリスやルイスに次ぐ“本格派外国人捕手”として活躍してもらいたい。

文●筒居一孝(SLUGGER編集部)

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