【プエルトリコ野球“復権”の理由:前編】名捕手を輩出する「豊かな土壌」

【プエルトリコ野球“復権”の理由:前編】名捕手を輩出する「豊かな土壌」

数多くの名捕手を輩出するプエルトリコ。その秘密は独自の育成法にある。(写真)龍フェルケル

数多くの名選手を輩出しながら、一時は危機に瀕していたプエルトリコ野球。しかし、2013年、17年のWBCで2回連続準優勝を果たすなど、近年は再び勢いを取り戻している。そこには一体どんな要因があるのか? 中南米野球取材をライフワークとする気鋭のライターが“復権”の理由を探る。

■米国だが米国にあらず。独自の性質を持つ野球文化

 2019年冬、次の所属球団を探すフリー・エージェントのベテランや中堅選手、飛躍のきっかけを模索する若手選手がカリブ海に浮かぶ常夏の島に集まっていた。

 冬でも気温30度を超えるアメリカ自治領プエルトリコで11月から翌年1月に開催されるウインターリーグには、母国はもちろん、アメリカ本土からも大勢の選手が自身の存在をアピールしようとやってくる。

「気候に恵まれているし、ウインターリーグは非常にいい環境だと思う。若いプロスペクトたちが、経験のある選手と一緒にプレーできるからね」

 首都サンフアンのエスタディオ・ヒラム・ビソーンでそう話したのは、ダイヤモンドバックスでスカウトを務めて10年になるアメリカ人のブレット・ウェストだ。プエルトリコのプロリーグであり、同時に選手たちのショーケースでもあるウインターリーグでは、彼のようなMLBのスカウトたちが目を光らせている。
  プエルトリコはアメリカの自治領で、島民は米国籍を有する一方、地理的にはカリブ海に位置するという不思議な島だ。北西に位置するキューバ、真西のドミニカ共和国ではまさにラテンならではの雰囲気が漂う一方、プエルトリコの街並みは観光地を除けばアメリカ本土に近い。通貨はドルで、公用語はスペイン語。経済的に恵まれた北部の人々は流暢な英語を話すのに対し、340万人の島民のうち80%が英語は「決して得意ではない」という(アメリカ合衆国国勢調査局15 年データ)。

 そんなプエルトリコを含めた中南米選手の存在感はMLBで増すばかりだ。MLBでプレーするラティーノの数が初めてアフリカン・アメリカンを上回ったのは1993年。17年にMLBでプレーした選手の割合をエスニック集団別で見ると、アフリカン・アメリカンの6.7%に対してラティーノは27.4%と大きく上回っている。

 ただし、同じ東アジアでも日本と中国、韓国でさまざまな相違点があるように、ラティーノにも国籍ごとに異なる特徴を見て取れる。底抜けに明るい性格という共通点を持ちながら、それぞれのバックボーンがプレースタイルに影響を与えているのだ。そうした地政学的な背景に興味を抱き、中南米野球の取材を続けてきた筆者と写真家の龍フェルケルは昨年冬、5ヵ国目としてプエルトリコを訪れた。
 「僕は内野手なので、守備のハンドリングとスウィングのパワーの強さをすごくイメージしてきました。実際に来て、内野の守備の上手さを実感しています。練習でも日本とは違うハンドリングやスローイングを見て、すごくいい勉強になっていますね」

 そう話したのは、千葉ロッテからクリオージョス・デ・カグアスに派遣された安田尚憲だ。17年ドラフト1位でロッテに入団した左打者の三塁手は高卒3年目の飛躍を見据え、遠い異国へ武者修行に出かけた。

 安田が語っていたように、プエルトリコには数々の名内野手を輩出する土壌がある。「史上最高の二塁手」とも評され、殿堂入りも果たしているロベルト・アロマー(元ブルージェイズ)をはじめ、近年ではフランシスコ・リンドーア(インディアンス)やハビア・バイエズ(カブス)、カルロス・コレア(アストロズ)らMLBを代表するショートストップが活躍している。

「守備の基本的なところは日本と一緒なんです。『足のステップで運ぶのが内野守備の基本だ』とプエルトリコのコーチに言われました。『最後に捕るところまでボールを見る』とか、少年野球の時と同じようなことをこっちでも言われていますね」

 安田が言う通り、守備の基本は万国共通だ。ただし、日本とプエルトリコではそれを身に着けるアプローチが異なっている。

 ナイトゲームのプレーボールまでまだ4時間近くある昼下がり、多くの選手たちがクラブハウスでくつろいでいる頃、ほとんど人のいないグラウンドに安田の姿があった。人工芝に両ヒザを着き、数メートルの距離から身体の正面に転がされたボールを素手で捕っていく。次はグローブをはめ、正面、逆シングル、前方のゴロとさまざまなグラブさばきで捕球する。守備位置に就き、ノックを受けるのはその後だ。
  プエルトリコではこうした基本練習を大事にしながらソフトハンドに磨きをかける。一方、守備の考え方も日本とは異なっている。再び安田の弁だ。

「こっちの考え方としては、捕ってからどれだけ早く投げられるか、どれだけアウトを多く取るかが大事です。コーチには常に『前に行け』と言われていますし、『チャレンジすることが大切だ』と言われますね」

 日本では確実にアウトにすることを求められるのに対し、プエルトリコの選手たちは積極的にトライする。エラーをしても何食わぬ顔でやり過ごし、次の守備機会や打席で取り返せばいい。そうした切り替えのうまさはラティーノたちの持ち味だ。

「こっちのキャッチャーって、特徴的に内野手っぽいんですよ」

 勉強中のスペイン語を駆使しながらラテン流を学でんいるという安田が、筆者の旅のテーマにヒントをくれた。

「あそこにいるのがうちのレギュラーキャッチャーですけど、内野守備もすごくうまいんです。グラブさばきが柔らかいし、スローイングもどんな形でもできる。捕ってから投げるまでが早いですしね」

 安田がそう評したのは、カグアスの正捕手を務めるジョナサン・モラレスだ。ブレーブス傘下に所属する25歳のマイナーリーガーで、19年は2Aで46試合、3Aで34試合に出場するなど、今季のメジャーデビューを狙っている。
 ■名捕手を生み出す方法論「7つの基本」を磨きをかける

 右腕投手のヒラム・ビソーンが42年、プエルトリコ初のメジャーリーガーとなって以降、この島から200人を超える選手がMLBでプレーしてきた。中でも強いインパクトを残したのが数々の名捕手たちだ。世界で最も多く優秀なキャッチャーを輩出しているのは、おそらくプエルトリコだろう。その背景には何があるのか。モラレスに聞くと、こう答えた。

「プエルトリコではキャッチャーの育成法がすでにでき上がっているんだ。イバン・ロドリゲスやベニート・サンティアゴがこの島の出身だ。彼らが進んだ道を俺は追いかけている」

 オールスターの常連だった両名をはじめ、プエルトリコが生んだ名捕手を挙げれば枚挙に暇がない。サンディ・アロマーJr.(元インディアンス)やホーヘイ・ポサーダ(元ヤンキース)、現役ではヤディアー・モリーナ(カーディナルス)らがいる。モリーナの2人の兄も、メジャーリーグで捕手として活躍したことはよく知られている。
  ダイヤモンドで一人だけ他の選手と異なる方向を向いて守る捕手は、特殊な役割だ。「扇の要」と言われる司令塔を育て上げるため、プエルトリコにはどんな方法が確立されているのだろうか。

 その答えを示してくれたのは、島内きっての育成機関だ。サンフアンから車を南に30分走らせたグラボという町に、プエルトリコ・ベースボール・アカデミー&ハイスクールはある。02年に設立された同校はMLBに資金援助を受けながら選手たちを育成し、コレアやクリスチャン・バスケス(レッドソックス)など多くのメジャーリーガーを送り出してきた。

「キャッチャーには基本が7つある」

 褐色の肌に白い髭を蓄えた63 歳の捕手コーチ、アダルベルト・フローレスは職人的な雰囲気を醸し出しながら言った。捕手や投手としてプロ経験を積み、同校で教えて16年になる。フローレスが定義する「捕手の7つの基本」とは、「スタンス(姿勢)」、「ターゲット(構え)」、「レシービング(捕球)」、「フットワーク」、「スローイング」、「フォロースルー」、「ブロッキング」だ。
  練習は月曜から金曜まで毎日約3時間、ポジション別に行われる。捕手は毎日異なるメニューをこなしながら、7つの要素に磨きをかけていく。「それぞれの要素がなぜ大事で、どんな意識を持つべきか。精神的な要素を含めて伝えていく」と、もう一人の捕手コーチのケニー・マレーロが話した。

 雨季独特のスコールに見舞われた取材日、アカデミーから車で10分ほど離れた市民球場の室内通路で、15人の捕手が二班に分かれ、異なるメニューに取り組んでいた。5メートルの距離からラケットで放たれるテニスボールをミットで捕球するグループがある一方、もう一つはプラスチックの小さな球体に穴のたくさん開いたゴルフの練習球を素手でつかんでいく。ともに野球の硬式球より捕球するのが難しく、レシービング能力を高められるという。

 こうした捕り方一つにも決まり事がある。フローレスが解説する。
 「人差し指を時計の1時の方向に向け、親指と人差し指で『L』の形をつくる。それで中指を加えて3本の指で捕るんだ。親指と人差し指の間でポケットのように捕るイメージだね。3本の指で捕るのは、その方が5本よりも動かしやすいからだ。ボールを迎えにいかず、構えたところで捕る。ヒジより前の腕をダイアゴナルに、車のワイパーのように動かすイメージだ。そうすればソフトハンドで捕球できる」

 日々きめ細かい技術指導がなされ、能力を高めるためのメニューのバリエーションも豊か。そうした環境の中で選手たちは前向きに成長していく。 プエルトリコ・ベースボール・アカデミー&ハイスクールと同様の練習方法は、島内の育成機関として双璧に挙げられるカルロス・ベルトラン・アカデミーでも行われていた。

 プエルトリコでは両校のようなアカデミーが15年ほど前から増えてきたという。89年からプエルトリコ出身選手がMLBのドラフトに組み込まれたことがきっかけとなり、育成の土壌が豊かになった。そうして先を見据えた指導が行われ始め、スケールの大きな選手が生まれているのだ。
(後編に続く)

文●中島大輔
※『SLUGGER』2020年5月号より転載

【著者プロフィール】 
なかじま・だいすけ/1979年生まれ。2005年から4年間、サッカーの中村俊輔を英国で密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に野球界の根深い構造問題を描いた『野球消滅』。『中南米野球はなぜ強いか』で2017年度ミズノスポーツライター賞の優秀賞。

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