ダルビッシュ有、田中将大、菊池雄星――輝き放った11人の“甲子園“を振り返る

ダルビッシュ有、田中将大、菊池雄星――輝き放った11人の“甲子園“を振り返る

東北高時代のダルビッシュ。ノーヒッターを達成した実力もさることながら、イケメンぶりも話題となっていた。写真:産経新聞社

今年も日本列島に訪れた夏本番。連日、各地の暑さとともに、甲子園での高校球児たちの熱い戦いが伝えられている。この企画では2000年以降、夏の甲子園で輝きを放ったプロ野球選手を厳選して東西別で11人ずつを紹介していこう。

■ダルビッシュ有(東北)
 長身をいかした投球と振る舞いに傑物としての風格を漂わせていた。2年夏は故障もあったがエースとして投げ続け、敗れた常総学院との決勝も一人で投げ抜いた。3年春にはノーヒットノーランを達成し、夏には初戦と2戦目で2ケタ三振を奪う完封勝ちも、3回戦の千葉経大付戦は9回に味方のタイムリーエラーで初失点を許して敗北。最後の打者として見逃し三振を喫した際の笑みから、高校野球をゴールにしていなかったことがうかがえた。

■斎藤佑樹(早稲田実)
 3年春のセンバツ4試合で554球を投じ、夏の都大会決勝では延長11回を221球で投げ勝って、後に巻き起こる社会現象への序章を飾った。夏の甲子園では大阪桐蔭の主砲・中田翔を4打席3三振に抑え込み、駒大苫小牧との決勝は、田中と延長15回を投げあって引き分け再試合。翌日、最後の打者となった田中将大から空振り三振を奪い優勝を決めた。6完投を含む7登板で、全69投球回と948球の大会最多記録を打ち立てた。

■田中将大(駒大苫小牧)
 マウンドで漂わせる風格、目の覚めるような剛速球、そしてチームの勝利を呼び込む気迫のピッチングは、高校時代から健在だった。05年夏の甲子園では、準々決勝の鳴門工戦で3回途中からリリーフして5点差をひっくり返す大逆転劇を呼び込み、準決勝の大阪桐蔭戦も延長10回に競り勝った。京都外大西との決勝は2年生初の150キロで締めくくり、駒大苫小牧を史上7校目の夏連覇に導いた。三連覇がかかった3年夏にも、青森山田との3回戦で、やはり救援後に6点差を逆転。ただ、甲子園8勝無敗で迎えた斎藤擁する早稲田実業との決勝再試合では、最後の打者として空振り三振に倒れて優勝はならず。
 ■菊池雄星(花巻東)
 しなやかな左腕の振りから繰り出す快速球と、感情を前面に押し出す気迫の投球が持ち味だった。春のセンバツ準優勝投手として迎えた3年夏には左腕史上最速の154キロをマーク。3試合連続で完投勝利を収めたが、明豊との準々決勝では背中の状態が悪化して5回に降板を余儀なくされる。中京大中京と対戦した続く準決勝は、4回2死満塁のピンチで救援登板するもノックアウト。大敗して泣き崩れたが、試合後の検査で肋骨を骨折しながらも投げていたことが判明し、改めてエースの矜持を見せつけた。

■筒香嘉智(横浜)
 名門校で1年時から4番に座り、数多の選手をプロへ送り込んだ小倉清一郎部長に「歴代の選手で飛距離ナンバー1」と言わしめた。2年夏の甲子園、浦和学院との初戦は予選での不振を理由に7番へ下げられたが、意地の先制2ラン。4番に戻った2戦目から2試合続けて2安打を放つと、準々決勝の聖光学院戦では満塁弾含む2打席連続本塁打を叩き込み、ともに史上最多タイの1試合8打点と大会14打点で名を刻んだ。

■松井裕樹(桐光学園)
 桐光学園では1年から主戦投手となり、伝家の宝刀スライダーでばったばったと打者を斬り、2年夏には1回戦の今治西戦で10連続奪三振と22奪三振の新記録を樹立。2回戦の常総学院戦でも19三振を奪い、規格外の奪三振マシーンぶりを強烈に見せつけた。躍動感たっぷりのフォームと荒れ気味の制球も相まって打者に的を絞らせず、準々決勝で光星学院に敗れるまでに左腕では大会史上最多となる68三振を奪った。
 ■橋光成(前橋育英)
 13年夏、背番号1を背負った2年生エースが初出場の前橋育英に深紅の大優勝旗をもたらした。190センチ近い上背から球威十分の速球と変化球を荒々しく投げ下ろし、9者連続を含む13奪三振を記録した初戦の岩国商業戦から2試合連続で完封勝利。絵に描いたような原石タイプだったが、3点を失った延岡学園との決勝以外は無失点で、防御率は0.36。全6試合に登板し、先発した5試合はいずれも完投と獅子奮迅の働きだった。

■オコエ瑠偉(関東一)
 類稀なアスリート能力でグラウンド狭しと駆け回った外野手。3年夏は初戦の高岡商業戦で、初回に一塁を強襲する打球を放つと、ボールが転々とする間に二塁を陥れる。この試合では3回には三塁打を2本放つなど俊足ぶりをこれでもかと見せつけた。中京大中京との3回戦では、初回に訪れた2死満塁のピンチで、センターへの大飛球を背走しながら見事ランニングキャッチ。極め付きは興南との準々決勝で、同点の9回に決勝2ランを放つ。走攻守でスター性を発揮して甲子園のファンを魅了した。

■今井達也(作新学院)
 高校の大先輩、江川卓の系譜に連なる速球投手。2年夏は甲子園でベンチを外れ、3年になっても春はエースナンバーを与えられなかったが、3年夏に最後の最後でエースとなった。伸びるようにミットへ吸い込まれる速球はすべての試合で150km超を計測。変化球を低めに集める硬軟織り交ぜた投球で、初戦の尽誠学園を完封したのを皮切りに、決勝までの5試合すべて2失点以下に抑えて作新学院を54年ぶりの全国制覇へと導いた。
 ■清宮幸太郎(早稲田実)
 リトルリーグ時代から注目を浴びた“和製ベーブ・ルース”の甲子園デビューは1年夏で、早実の試合日は超満員に。今治西との初戦で初安打初打点、続く広島新庄との2回戦では2安打を放つと、3回戦の東海大甲府戦では同点の場面で待望の初アーチを描いた。続く準々決勝の九州国際大付戦でもライトスタンドへ2試合連続の一発。加熱する一方の“清宮フィーバー”に結果でこたえる大物ぶりで、史上最多の高校通算111本塁打への量産を予感させた。

■吉田輝星(金足農)
 浮き上がるような軌道を描いた速球の先に、“金農旋風”が巻き起こった。3年夏の予選では全5試合とも完投勝利を収め、甲子園上陸後も大会記録の4試合連続2ケタ奪三振をマークし、やはり準決勝まで5試合連続完投勝利と破竹の勢い。秋田県代表としては103年ぶりに決勝へ駒を進めたが、王者・大阪桐蔭の前に5回を投げて12失点と力尽き、県勢初の甲子園優勝はならなかった。

文●藤原彬

著者プロフィール
ふじわら・あきら/1984年生まれ。『SLUGGER』編集部に2014年から3年在籍し、現在はユーティリティとして編集・執筆・校正に携わる。ツイッターIDは@struggler_AKIRA。

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