清原に並んだ平田良介、史上最強1番・浅村栄斗――元球児たちが甲子園で作った伝説

清原に並んだ平田良介、史上最強1番・浅村栄斗――元球児たちが甲子園で作った伝説

大阪桐蔭時代の浅村は、ほっそりした身体から大きな当たりを放ち、守備でも好プレーを連発するなど見ていて楽しい選手だった。写真:産経新聞社

今年も日本列島に訪れた夏本番。連日、各地の暑さとともに、甲子園交流試合にて、球児たちの熱き戦いが伝えられている。当企画では2000年以降、夏の甲子園で輝きを放ったプロ野球選手を厳選して東西別で11人ずつを紹介。今回は西日本編だ。(※人物の所属や肩書、大会記録は当時)

■平田良介(大阪桐蔭)
 打席に入って大きく上体を反るルーティンが印象的。内、外角球とも関係なく、広い甲子園のあらゆる方向へ打球を飛ばした。04年春のセンバツにも出場しているが、圧巻は3年生だった05年夏の甲子園。準々決勝の東北高戦で、2回に先制ソロ、4回に2打席連続アーチをレフトスタンドに放り込み、7回には中堅方向へ逆転2ラン。1試合3ホーマーは清原和博以来史上2人目の快挙で、秋のドラフトで1位指名した中日の落合博満監督も、「俺を超える逸材」と惚れ込んでいた。

■中田翔(大阪桐蔭)
 投打に超高校級のスケールを見せつけた。甲子園デビューを果たした1年夏は、平田の後を打つ5番として1回戦の春日部共栄戦でいきなり勝ち越しソロ、投げては最速146kmを計測と“スーパー1年生”ぶりを見せつけた。2年夏は初戦の横浜高戦でもバックスクリーン横に推定140mの特大弾を放り込んだが、続く2回戦は斎藤佑樹(早稲田実)に3三振を喫して敗退。衝撃的な記憶とともに、高校通算歴代最多87本塁打の記録を刻んだ。

■野村祐輔(広陵)
 同期の小林誠司(現巨人)とバッテリーを組み、3年夏の初戦は前年まで3年連続決勝に進出していた駒大苫小牧を9回の逆転劇で下す。準決勝ではセンバツ王者の常葉菊川を撃破し、今も語り草となっている佐賀北との決勝戦でも、7回まで無失点、4点リードと優勝目前だった。だが、8回1死満塁で押し出し四球を与えると、直後に逆転満塁本塁打を被弾。甲子園の魔物に襲われた直後の攻撃で、最後の打者として空振り三振に倒れた。快進撃の主役から一転、悲劇のヒーローとなった。
 ■浅村栄斗(大阪桐蔭)
 08年夏の決勝では常葉菊川を17得点完封の圧勝で下したチームを攻守で牽引した。初戦の日田林工戦でいきなり5安打を記録すると、金沢高との2回戦ではは2ホーマー。準決勝と決勝ではそれぞれ3安打ずつと大会を通して打ちまくり、右へ左へ歴代2位タイの16安打(打率.552)で、「甲子園史上最強トップバッター」の声もある。また、高校生離れした遊撃守備でも再三のファインプレーでチームを盛り立てた。

■堂林翔太(中京大中京)
 09年夏の甲子園で「4番でエース」の役回りを演じて優勝。打者としては内角球をさばく技術が絶品で、厳しいコースを突かれてもフェアゾーンに打球を弾き返した。決勝で初回に右中間へ先制2ランを放つなどパンチ力も示し、大会最多タイ記録の6二塁打もマーク。マウンドでは多彩な変化球を操ったが、日本文理との決勝では大会制覇まであと1球の場面から追い上げられて降板し、優勝インタビューでは悔し涙を流した。

■藤浪晋太郎(大阪桐蔭)
 長身痩躯の全身から絞り出すように球威抜群のボールを繰り出し、12年はセンバツに続いて史上7校目の春夏連覇の立役者に。登板4試合はいずれも150キロを超える速球で完投。準決勝の明徳義塾戦では8つの三振を奪って9回2安打無失点、決勝の光星学院戦では14奪三振で同じく2安打完封勝利で、20年ぶりの2日連続完封劇を演じた。そのスケールの大きさは高校生の域にとどまらず、同年ドラフト1位で入団した阪神でもプロ1年目から2ケタ勝利を挙げた。
 ■森友哉(大阪桐蔭)
 小柄な体格ながらスウィングは力強く、西谷浩一監督もボールを捉える能力を「歴代ナンバーワン」と評価。打球は広角に鋭く飛び、芯を外しても外野に落ちる。1学年上の藤浪とバッテリーを組んだ2年夏は、捕手ながらリードオフマンとして打率4割、主将を務めた3年夏は5割とその能力をいかんなく発揮した。最後の夏は、自身の誕生日である8月8日の1回戦、日本文理との試合は2本のアーチをかけて祝砲。

■安樂智大(済美)
 身体全体を目一杯に使う豪快なフォームが特徴で、甲子園最速タイ155キロの記録保持者。規格外の力投ぶりが話題を集めた。準優勝した2年のセンバツでは、初戦の広陵戦でいきなり延長13回を投げ抜いたのを皮切りに、5試合で計46イニング、実に772球もの球数を投じ、国内外で議論の的に。その疲労や負傷の影響か、2か月の治療期間を経て出場した夏の甲子園では自慢の速球が打ち込まれて2回戦で花巻東に敗れたが、延長10回に意地の3ランを放った。

■中村奨成(広陵)
 走攻守の三拍子を揃えたスーパー捕手が、3年生だった17年夏の甲子園で快音を鳴り響かせ続けた。高く掲げたバットを振り抜いて、あらゆる方向へ打球をスタンドインさせ、3試合連続アーチやマルチ本塁打2度と派手な立ち回り。最終的には85年に清原和博(当時PL)が樹立した5本塁打の大会記録を更新する6本塁打。17打点、43塁打でも大会記録を樹立し、19安打と6二塁打も最多タイと歴史に残る猛打を見せた。打率.679をマークし、三振は花咲徳栄との決勝で喫した2つだけだった。
 ■根尾昂(大阪桐蔭)
 恵まれた身体能力と明快な知性で、遊撃手・投手・外野手と“三刀流”で活躍。投手としては最速148kmを計測し、守備でも軽快な動きを見せた。1年夏にベンチ入りすると、文武両道の姿勢で先輩からも「根尾さん」呼び。2年から4度聖地の土を踏み、3年夏には甲子園初本塁打を含む3ホーマーを放ち、走・攻・守・投の四拍子の活躍で、藤原恭大(現ロッテ)、柿木蓮(現日本ハム)、横川凱(現巨人)ら“大阪桐蔭最強世代”とともに大阪桐蔭2度目の春夏連覇に貢献した。

■奥川恭伸(星稜)
 最速154kmの速球をズバッと投げ込み、切れ味鋭い変化球で面白いように空を斬らせる。2年生だった18年夏は2回戦でタイブレークの末に済美に敗れたが、3年夏は初戦から準決勝までの4登板で失点なしと圧倒的な支配力を見せた。圧巻は延長14回を165球を投げ切った3回戦で、強打の智弁和歌山から歴代2位タイの23奪三振。決勝はセンバツ初戦で完封した履正社に5点を取られてリベンジを許したが、完成度の高さは図抜けていた。

文●藤原彬

著者プロフィール
ふじわら・あきら/1984年生まれ。『SLUGGER』編集部に2014年から3年在籍し、現在はユーティリティとして編集・執筆・校正に携わる。ツイッターIDは@struggler_AKIRA。

【PHOTOギャラリー】球界を牽引するスター選手たちの「高校」「大学」当時を秘蔵写真で振り返る

関連記事(外部サイト)