【名門校の歴代ベストチーム作ってみた:東海大相模高】伝統の強打はさすがのひと言。球界最強投手・菅野の存在が光る

【名門校の歴代ベストチーム作ってみた:東海大相模高】伝統の強打はさすがのひと言。球界最強投手・菅野の存在が光る

東海大相模時代の菅野は甲子園出場こそないが、同校の出身者では最も大成した投手だ。写真:産経新聞社

“歴代ベストチーム”はロマンだ。そんなロマンを楽しんでいただくべく、SLUGGER編集部では「出身校別歴代ベストチーム」を選定。高校、大学、社会人野球の名門を対象に、夢のベストナインを独自に選出してみた。今回は春夏通算甲子園出場23回、4度の全国制覇を誇り、17日の甲子園交流試合では大阪桐蔭と熱戦を演じた東海大相模高校だ(野手8人+投手5人を選定)。

●東海大相模高出身選手のベストナイン
1 (遊)田中広輔(広島)
2 (中)川端崇義(元オリックス)
3 (二)森野将彦(元中日)
4 (三)原辰徳(元巨人)
5 (右)大田泰示(日本ハム)
6 (一)津末英明(元日本ハムほか)
7 (捕)大城卓三(巨人)
8 (左)菅野剛士(ロッテ)
9 (投)菅野智之(巨人)

(先発)岡部憲章(元日本ハムほか)
(先発)小笠原慎之介(中日)
(救援)吉田凌(オリックス)
(救援)山本淳(元西武)
  伝統的に強打のチームとして知られるだけあって、打線は超強力の一言。近年はやや不振ながら、リードオフマンは2016〜18年に広島の三連覇に貢献した田中で決まりだ。2番はプロ1年目の12年に24犠打を記録した実績のある川端を選んだ。

 勝負強い打撃で中日の黄金期を支えた森野は95年のセンバツに出場。1回戦の県岐阜商高戦で3安打3打点の活躍を見せた。当時は遊撃手だったが、プロでは三塁を中心に二塁や一塁、外野とさまざまなポジションを守った。4番は現・巨人監督の原。巨人の4番として通算382本塁打を放ったプロでの実績もさることながら、高校1年生の頃から東海大相模の中軸を任され、鹿児島実業の定岡正二(元巨人)らと甲子園で名勝負を繰り広げたことも特筆しておきたい。なお、当時の監督は父である原貢氏が務めていた。

 大田は高校時代に大型遊撃手として通算65本塁打を放ち、2008年のドラフト1位で巨人に入団。松井秀喜の後継者として背番号55を与えられたが大成できず、17年にトレードで日本ハムに移ってから外野手として開花した。津末は同期の原とともにクリーンナップを組んだ強打者。プロでは原ほどの実績は残せなかったが、日本ハム時代の86年にはシーズン19本塁打を記録した。

 今季、巨人で正捕手の座をつかみつつある大城は、10年夏の甲子園で一二三慎太(元阪神)とバッテリーを組んで準優勝。同じく今季好調の菅野剛は大城の1学年下で甲子園に計3度出場。11年春のセンバツでは田中俊太(巨人)らとともに優勝を果たした。その田中俊と並んで惜しくも選外となったが、川端の同期で、西武やオリックスで内野のユーティリティとして活躍した原拓也もおり、特に内野は人材が豊富だ。
  投手陣に目を移すと、エースは菅野智で決まり。14年にMVP、17〜18年に2年連続で沢村賞を獲得し、今季も絶好調の現役最強投手だが、意外にも高校時代は甲子園出場なし。高校最後の夏は決勝で桐光学園に8対10で敗れ、涙を呑んだ。なお、伯父である原監督は高校だけでなく大学の先輩でもある。

 岡部は原や津末の同期で、81年に最優秀防御率を獲得した好投手。キャリア全体としては救援登板が多いが、この年は13勝2敗と高い勝率を残して日本ハムのリーグ制覇に貢献した。3番手の小笠原は15年夏の甲子園の優勝投手。仙台育英との決勝戦では同点の9回に決勝アーチを放ったことでも記憶に新しい。その小笠原と二枚看板で全国制覇に貢献した吉田は、今季はリリーフとして好投している。
  野手陣と比べると投手はやや層が薄く、07〜13年に西武に在籍していた山本も通算37登板に終わった。92年センバツ準優勝投手の吉田道(元近鉄)や、10年夏の同じく準優勝投手の一二三がいずれも、プロでは故障に悩まされて大成できなかったのが残念だ(一二三は1年目のキャンプで早々に右肩を壊して野手転向を余儀なくされた)。

 17日の交流試合では、先発した2年生の石田隼都が大阪桐蔭の強力打線を相手に7回で8三振を奪う好投を見せた。今後は投手の人材の充実ぶりにも期待が持てそうだ。

構成●SLUGGER編集部

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