【MLB珍獣図鑑:マイク・トラウト】過剰な「フツーさ」が際立つ球界最高のスーパースター

【MLB珍獣図鑑:マイク・トラウト】過剰な「フツーさ」が際立つ球界最高のスーパースター

14、16、19年にMVPを受賞しているトラウト。昨年3月には、米プロスポーツ史上最高額の12年4億2650万ドルで契約延長した。(C)Getty Images

現在のMLBでは最高のスターであるマイク・トラウト(エンジェルス)がなぜ『珍獣』なのか? と思った方も少なからずいるだろう。すでにMVPを3度獲得した球界最高のスターながら、バリー・ボンズのように強烈なエゴをむき出しにして嫌われることもなければ、トレバー・バウアー(レッズ)のように歯に衣着せぬ発言でメディアを騒がせることも、ヤシエル・プイーグのように激動すぎる人生を送ってきたわけでもない。

 トラウトの場合はむしろ、スーパースターに似つかわしくない「過剰なまでのフツーさ」が珍獣たるゆえんだ。プレーも言動も派手で、ファッションにもうるさいブライス・ハーパー(フィリーズ)とはまさに好対照だ。ただ、その「フツーさ」がカリスマ性の欠如にもつながっている。本来ならNBAのレブロン・ジェームズ、NFLのトム・ブレイディと同じ人気を誇ってもおかしくないのに、アメリカでも知名度がいまひとつ低い状態が続いている。もっとも、本人は有名になることにはまったく興味を示していないようで、コミッショナーから「球界の顔としてもう少しプロモーションを積極的にやってほしい」と苦言を呈されたことすらある。

 出身はフィラデルフィアから南へ車で約1時間の場所に位置するニュージャージー州ミルヴィル。人口3万人足らずのスモールタウンで、かつては工場町として栄えたが、アメリカの他の多くの地方都市と同様、1990年代頃から工場閉鎖などの影響で景気が悪化。トラウトが高校生だった頃までは犯罪率が全米平均の約2倍と高く、「地域最大の雇用主は刑務所」とまで言われていたという。
  そんな環境の中でも、トラウト少年はすくすく育った。父は元マイナーリーガーで教師。母親によると、トラウト家の家訓は「良き人になりなさい。そうすれば何があっても大丈夫」。トラウトは今も両親の友人を呼ぶ時に必ず「ミスター」「ミセス」という敬称を必ずつけるのだという。

 16年、あるニュースが一部で話題になった。見出しはこうだ。「マイク・トラウトがようやく両親の家から引っ越し」。アメリカでは、成人すると実家を出るのが普通。しかも、そこらのニートならともかく、すでに6年1億4450万ドルの超大型契約を結んでいたスーパースターが、いくらオフの間だけとはいえ、まだ親と一緒に暮らしているなんて……と驚きを呼んだ。

 結局、トラウトは森と牧場に囲まれた300エーカーの広大な土地に引っ越したのだが、そこも実家のすぐ近くだったというオチもついている。地に足が着いている、いや、着きすぎていると言えば母親もそうで、MLB史に残るルーキーイヤーを過ごした12年オフに『GQ』誌の取材で家を訪れた記者に「どうしてそんなにマイキーに話を聞きたいの?」と言ってのけたという逸話が残っている。
  常に太陽が降り注ぐカリフォルニアでプレーしているにもかかわらず、トラウトの心はいつもホームタウンにある。オフは最新設備が整った施設で自主トレを行うメジャーリーガーが大半だが、トラウトは地元ミルヴィルで旧知のトレーナーと汗を流す。行きつけのダイナー(日本で言う定食屋)『Jim's Lunch』の店主いわく、トラウトのことは「おむつを履いていた頃から知っている」。トラウトはスプリング・トレーニングに旅立つ前、必ずここに立ち寄るのが習わしになっているという。

 母校ミルヴィル高校では、トラウトがメジャーデビューしてから、ある伝統が始まった。毎年、チームのキャプテン(複数が選ばれることもあるという)に、トラウトがつけていた背番号1を継承していくというものだ。しかも、本人自ら母校を訪れて新キャプテンに背番号1のユニフォームを手渡す。ちなみにこれまで背番号1を継いだ選手も、トラウトの同級生の弟だったり、小学校でトラウトを教えていた先生の息子だったりと、何かしら縁のある選手が多いのだという。
  背番号1には悲しいエピソードもある。最初に背番号1を引き継いだのはアーロン・コックス。彼の姉ジェスがトラウトの恋人だった縁もあり、コックスとトラウトはすぐに意気投合し、17年にジェスとトラウトが結婚したことで義理の弟にもなった。だが、コックスはエンジェルス傘下でプレーしていた18年に24歳の若さで自殺してしまったのだ。このつらい経験から、トラウトとジェスは自殺防止の社会活動に携わるようになった。

 故郷を愛し、家族を愛し、地元のNFLチーム、フィラデルフィア・イーグルスを愛するごく普通の青年が、とんでもない野球の才能に恵まれていた。それがトラウトの本質だろう。彼を表現する言葉が一つあるとしたら、それは「loyalty」(忠誠心)ではないか。19年シーズン開幕直後にエンジェルスと12年4億2650万ドルで延長契約を交わした際、トラウトはこう言っていた。「別の勝てるチームに移るのは正しくない気がしていた。チームには浮き沈みがあるものだ。僕はすべてのプロセスに関わりたい」。ミルヴィルへの愛着も、エンジェルスへの愛着も、トラウトが金や名声より「忠誠心」を重視していることの表れなのだと考えれば分かりやすい。

 今どき、こんな選手は滅多にいない。ということは、やっぱりトラウトは“珍獣”なのだ。

文●久保田市郎(SLUGGER編集部)

※『SLUGGER』2020年5月号より転載

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