ロッテのマーティンも身震いする命がけの亡命――レイズのアロザレナが苦難の果てにつかんだ栄光

ロッテのマーティンも身震いする命がけの亡命――レイズのアロザレナが苦難の果てにつかんだ栄光

ポストシーズンでヒーローとなった無名のルーキー、アロザレナのシンデレラストーリーには、全米でも注目が集まっている。(C)Getty Images

「Who is Randy Arozarena?(ランディ・アロザレナっていったい誰なんだ?)」

 アメリカのSNSでは、誰にともなくこう問いかける声が多く上がっている。まったく無名の存在だったレイズの25歳の外野手、ランディ・アロザレナがポストシーズンが始まるやいなやプレーオフ新人記録の7本塁打と打ちまくり、ついにはアストロズとのリーグ優勝決定シリーズでMVPを受賞してしまったことに対する驚きを表現したものだ。

 今季開幕時点で、彼のここまでの活躍を予想した人間は皆無だったに違いない。カーディナルスでメジャーデビューを果たした昨年は、代打や代走が主で出場わずか19試合。オフにトレードでレイズに移籍したが、新型コロナウイルスに感染したこともあり、今季は8月下旬まではマイナーにいた。ただ、8月30日に昇格してからはたった23試合でチーム3位の7本塁打を放つ大活躍で、プレーオフの秘密兵器として注目はされていた。

 そして、ワイルドカード・シリーズ第1戦の4回、ポストシーズン初安打を三塁打で飾ってから快進撃が始まる。翌日の第2戦から地区シリーズ第3戦まで4試合連続のマルチ安打。しかも地区シリーズでは3試合連続本塁打も記録した。そしてリーグ優勝決定シリーズでは初戦の決勝本塁打に始まって、第7戦でも値千金の先制弾。打率.321、4本塁打6打点、OPS1.152の活躍で、前述の通りMVPを受賞している。

 アロザレナは数多くの名選手を輩出するキューバの出身。だが、彼自身はホゼ・アブレイユ(ホワイトソックス)やヤシエル・プイーグのように熾烈な争奪戦が展開されるほどの選手ではなかった。2013-14年と14-15年シーズンはキューバ国内リーグでプレーしたが、突出した成績を残したわけでもない。14年に父が亡くなり、家計を支えるために亡命を決意したことが、シンデレラ・ストーリーの序章となった。

 ESPNの記事によると、アロザレナは夜のカリブ海へカヤックのような頼りないボートで漕ぎ出し、約8時間かけてキューバの最西端からメキシコのユカタン半島までのおよそ200キロ近い海路を渡ったという。
  本人はのちに当時のことを「ただ生き延びることだけを願っていた」と振り返っている。どれだけ危険な後悔だったかは、アロザレナの5年前にほぼ同じルートで亡命したレオニス・マーティン(現ロッテ)が「あの、まるで悪夢のような状況には二度と陥りたくない。人間がする最悪の決断は、単に夢を実現するためだけに自分の命を危険にさらすことだ」と語っているほど。少しでも運が悪ければ、命を落としていても不思議はなかった。もしそうなっていたら、もちろんポストシーズンで活躍することもなかった。

 幸い、生きてメキシコへたどり着いたアロザレナは、1年間メキシカン・リーグでプレーしてから、16年にカーディナルスとマイナー契約を結んだ。そして18年には2A、19年には3Aで結果を残し、ついに今年、メジャーの大舞台で活躍する機会を得たのだ。

 なお、今回の快進撃にはメキシカン・リーグ時代に生まれたジンクスも関係しているという。当時、アロザレナはチームメイトからブーツを“盗む”たびに、ホームランを打ったらしい。そのジンクスを今も信じている彼は、地区シリーズ第1戦の前に、同僚ブレント・ハニーウェルのカウボーイブーツを履いてウォームアップに参加したところ、この試合で本塁打が飛び出した。以来、彼はプレーオフの間中ずっとハニーウェルのブーツを履くことにしたという(さすがに試合中はスパイクだが)。

 昨年まではインタビューにあまり応じない物静かな性格だったというが、活躍を続けるうちに、彼の中で何かが変わってきたようだ。地区シリーズ突破を決めた後には、チームメイトのブレット・フィリップスとフィールド上でダンス対決。マイケル・ジャクソンの名曲『スムース・クリミナル』に合わせて軽快な動きを見せ、ヘッドスピンまで披露している。

「以前から自分のことを良い選手であり、良いバッターだと思っていた」との自信に満ちたコメントを有言実行中のアロザレナ。あとはレイズを、球団史上初の世界一に導くだけだ。

構成●SLUGGER編集部

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