上野由岐子「もっと大胆に、感じるままに勝負した」。初回に苦戦もピッチング変更で五輪勝利に貢献

 鉄腕は健在である。この日と同じ炎天下、あの2008年の北京五輪"金メダル・ピッチング"から13年。ソフトボール上野由岐子が東京五輪の日本選手団に初勝利をもたらした。言葉に実感をこめる。「やっと、この舞台に戻ってこれたという思いが、私自身はすごく強いんです」


五輪初戦のオーストラリア戦で好投した上野

 21日。東日本大震災の被災地、福島・あづま球場。ソフトボール1次リーグは開会式に先立ち、日本×オーストラリアが行なわれた。先発は、「経験豊富。やっぱり上野でスタートさせたい」(宇津木麗華監督)の期待を受け、ベテラン上野がマウンドに立った。

 異例の五輪となり、スタンドは無観客だった。「ウエノ・コール」はない。山々に囲まれ、ただ、アナウンスとせみ時雨が流れるだけだった。上野は「背中を押してもらえる大声援がないのは正直、さみしい思いがいっぱいです」と打ち明けた。

 相手は、強豪のオーストラリア(豪州)だった。上野には因縁のチームだ。2004年アテネ五輪、2008年北京五輪に続く、豪州との開幕戦の先発となった。アテネ五輪ではKOを喫して日本は4位、北京五輪では完投勝利を収めて金メダルまで走った。いわば大会の流れを決める開幕戦となる。

 立ち上がりは苦しんだ。慎重になりすぎた。コースを厳しく突こうとして逆にコントロールが乱れた。初回。内野安打と四球、死球で一死満塁のピンチを招き、再び、死球を与えてしまった。押し出しの1失点。嫌な展開に宇津木監督と選手たちがマウンドに集まった。周りのゲキに上野は何度もうなずいた。

 ここからが、上野の面目躍如だった。得意の速球で空振りの三振、ピッチャーゴロに仕留めた。山田恵里主将は「さすが上野」と振り返った。「あそこで1失点か、2失点かでは全然違いました」

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