プロレス解体新書 ROUND57 〈第2回 IWGP暴動事件〉 猪木vsホーガンに長州が乱入

 新日本プロレス史上初の本格的暴動を引き起こし、警察まで出動する騒ぎとなった第2回IWGP決勝戦(1984年6月14日/東京・蔵前国技館)。
 長州力の謎の乱入によるアントニオ猪木の勝利は、いったい誰が描いた筋書きだったのか。

 いよいよ平成から新たな元号に改まろうという中、それでもなお昭和プロレスについてさまざまに語られるのは、良くも悪くもアントニオ猪木の影響によるところが大きい。
 「とにかく“普通”とか“当たり前”を嫌った人でした。例えば、藤波辰爾(当時は辰巳)と長州力の、いわゆる名勝負数え歌が盛り上がっていた頃、唐突に『いっつも同じような試合でつまんねえなぁ』と言い出す。それで札幌の“藤原喜明テロリスト事件”が起きたりするわけです」(新日関係者)

 しかも、猪木は思い付きを口にするだけで、実際のストーリー作りは他にお任せ。そのため周囲は猪木におうかがいを立てながら、あれやこれやと頭をひねることになる。
 「花道で長州を襲うというのはどうでしょう?」
 「いいんじゃないか」
 「誰にやらせましょうか」
 「誰でもいいよ」
 「乱入の理由付けはどうしますか?」
 「お前らで何か考えろ」
 「当人たちには?」
 「教えたら面白くならねえだろ」

 だが、いつもの名勝負を期待しているファンからすれば、そもそも余計なことをする意味が分からない。
 猪木の並外れて無責任な体質のせいで、伏線の回収をされないまま終わるアングルもしばしばで、その残された謎についての議論に花が咲くことになる。
 「ただの思い付きもうまくハマれば、しっかり練った企画以上に緊張感あふれるものとなりますが、逆に周囲の人間が忖度しまくった結果、アルティメット・ロワイヤルのような選手もファンも、誰一人喜ばない、どうしようもないものになったりもする。だからといって猪木さんを無視すると、周りに知らせず、さらに勝手なことをやり始めるから始末に悪い」(同)

 その最たる例が第1回IWGP決勝戦における、自作自演の失神KO敗戦だ。
 社運を賭けた一大イベントで、当然、最後に勝つのは猪木だと誰もが思っていた。ところが、猪木はそれが面白くない。
 「おそらく“ここで一発アクシデントが起きれば、大騒ぎになるぞ”という発想なんでしょう。しかし、あの当時の新日ファンにしてみれば、IWGPがNWAを超える権威となり、その頂点に猪木が立つことを期待しているわけで…」(プロレス記者)
 “俺のやることに文句はなかろう”という根っからのスター気質ゆえなのか、ファンの託す思いをくみ取ろうとしないのは、猪木の弱点の一つと言えるかもしれない。

 そんな猪木の“悪癖”は、翌年の第2回IWGP決勝戦でも表出する。前年の敗戦以降、アントンハイセル事業の失敗に社長解任クーデター、タイガーマスクの退団、UWF旗揚げに伴う選手の大量離脱と、ろくなことがなかった猪木が雪辱を期して迎えた大一番。
 相手は前年覇者のハルク・ホーガン。むろんファンが望むのは、リング外のネガティブな話題を吹き飛ばし、なおかつホーガンへの雪辱を果たす猪木の快勝であった。
 「ただ、このときすでにホーガンはWWF王者であり、その商品価値からして猪木がクリーンな勝利を収めることは、政治的な意味で難しい。それは薄々ファンも分かっており、決着さえつけば普通にリングアウト勝ちで構わないのだが、猪木という人はそれを良しとしなかった」(同)

 そこで、まず採用されたのは“延長戦”だった。新日の大一番としては'80年の異種格闘技戦、猪木vsウイリー・ウィリアムスでこれが実施され、翌年のスタン・ハンセンvsアンドレ・ザ・ジャイアント以降は、ファンからの“延長コール”も定着しつつあった。
 延長1回だとありきたりだから2回にしようというところまでは、ファンもそれだけの熱闘と受け取るかもしれないが、しかし、そこから先のところで猪木のいいかげんさが顔を出す。
 「長州を乱入させてヒール的な要素を付加しようというのは、おそらく猪木さんの発想です。あの頃の長州を自在に操れるのは、猪木さんぐらいですからね。だけど、最後に猪木さんを勝たせるにもかかわらず、猪木さんだけを攻撃するのは変だし、ホーガンだけに仕掛けたのでは猪木さんの反則負けと受け取られかねない」(前出・新日関係者)

 だったら両方に攻撃しようということで、まず猪木にリキ・ラリアットをかました長州は、返す刀でホーガンに向かい、アックス・ボンバーの相打ちに…。そうしてホーガンが倒れている間に、猪木がリングインして勝利となったものの、あまりの意味不明さに収まらないのはファンたちだ。
 暴徒化したファンが蔵前国技館内の設備を破壊し、ついには警察官まで駆けつける騒ぎとなったが、新日初の暴動事件を生み出した張本人は、紛れもなく猪木自身であった。

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