RIZIN夢対決「この先の格闘家人生を決める試合」“神童”那須川天心が堀口恭司に判定勝

RIZIN夢対決「この先の格闘家人生を決める試合」“神童”那須川天心が堀口恭司に判定勝

那須川天心

『RIZIN.13』
▽9月30日 さいたまスーパーアリーナ 観衆 27,208人(超満員)

 格闘技界の“神童”那須川天心と、“メジャーリーガー”堀口恭司の2人がキックルールとは言え、リングで対峙する日がこんなに早く来るとは誰もが想像していなかったに違いない。5月のRIZINマリンメッセ福岡大会で「那須川くんやろうよ」とリング上から堀口に呼びかけられた天心。その後、キックトーナメントの開催が発表され、2人が大晦日の決勝に進めば実現するかも?と思われていたが、「少しでも早いうちにやった方がいい」と両選手はもちろん、RIZINも判断していた。RIZINはキックトーナメントを大晦日のワンデイトーナメントに変更。このドリームマッチを出し惜しみせずに敢行した。

 このカードが発表されるとチケットが爆発的に売れ出し、RIZINはアリーナタイプのさいたまスーパーアリーナの席を増やせるだけ増やしていった。大会前最後の会見で榊原信行実行委員長は「RIZIN史上最多動員は確実。25,000人は入ります」と話していたが、最終的に当日券も完売し、27,208人もの動員に成功した。

 札止めマークを付けなかったのは、PRIDE時代のように4万人動員可能なスタジアムを満員にすることを目標にしているからなのかもしれない。しかし、このドリームマッチが持つパワーは、台風24号が近づき、首都圏のJR在来線が20時に終了することになっても関係なかった。この試合の煽り映像が流れ始めたときの歓声のすごさはまさに鳥肌モノ。こういう感覚を格闘技の会場で感じたのは、PRIDE以来か。

 「強いやつとはやらなきゃな」

 天心の父であり、ジムの会長でもある那須川弘幸会長は天心に口癖のように話し続けた。天心も「強い選手とやりたい」が口癖になっている。「僕は堀口さんをすごい人だと思っていて、尊敬しているので最後まで敵として見られなかったですね」と試合後に天心は素直な気持ちを口にしていたが、それは堀口も同じだったようだ。

 天心が「(堀口は)表情を変えないので怖かった。見合ってしまった」と語っている。1Rから天心は的確に打撃を入れてポイントを稼いでいったが、堀口は無表情な上、試合中には笑顔を浮かべる場面もあった。ファンは堀口優位とみたのか「ついに天心が負けるのでは?」と堀口に大きな声援を送っていた。しかし堀口も「3R目に手数が少なかった分、ポイントが取れなかったかな」と振り返ったように、最終ラウンドは天心が猛ラッシュ。胴回し回転蹴りにも「手応えがあった」そうで、判定は3-0。天心がドリームマッチを制した。

 「長かった…3分3R。今までにはなかった。お互いの駆け引きとか、濃密な時間で楽しかったですね」と天心は充実した表情。「ひとつひとつの攻防がすごくゆっくりなんですよ。そういうのが考えられる試合だった。闘うのはイヤでしたけど、試合となればやらなきゃいけないので。KOできなかったのは堀口さんが強かったからですね。この試合ができてまたレベルアップできたと思うので、堀口さんに感謝したい。この試合は勝敗じゃなかったですね。まだ20歳ですけど、命を懸けて人生の境目を経験させてもらって、堀口さんとは今後の僕の格闘家としての人生を決める試合だった」

 足を引きずりながらインタビュールームに現れた天心はスッキリした顔で堀口戦を振り返った。今後は11月18日にRISE両国国技館大会があるが、その後は大晦日のRIZINが待っている。自身が提唱したキックトーナメントへの参戦については「参戦したくないというわけじゃないんですけど…きょうの試合を終えてどうでもよくなっちゃいました」と笑う。「本当は新必殺技も用意してたんですよ。シャイニングウィザードっていうんですけど決まらなかったですね」と報道陣を笑わせた。しかし本人は今後この技を使うことは「ありますね」と笑顔で答えている。以前MMAルールの試合前にレインメーカーやドロップキックといったプロレス技を練習をしているだけに、天心ならやっても不思議ではない。

 MMAルールでの再戦は両選手ともに否定的。天心は「やるならMMAファイターに転向してから」、堀口は「今MMAルールでやると簡単に勝ってしまうので面白くない。それよりキックでリベンジしたい」とそれぞれコメントしている。天心はボクシング転向も今後の選択肢の一つに入れている。「キック界の認知度が高まった」と確信が持てたときにその答えが出るのだろう。

 「19時までには終わらせたい」と関係者が大会前に話していた世紀の一戦が終わったのは19時10分。試合終了と同時に多数の観客がさいたま新都心駅に向かって走っていった。

取材・文・写真 / どら増田、舩橋諄

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