巨人ドラ1吉田から根尾へ “原独裁体制”は就任前から始まる

巨人ドラ1吉田から根尾へ “原独裁体制”は就任前から始まる

急浮上した大阪桐蔭の根尾(左)と原辰徳氏(C)日刊ゲンダイ

さっそく「第一手」を打ってきた。

 巨人・高橋由伸監督(43)の今季限りでの辞任が決まり、後任には原辰徳前監督(60)が内定している。山口寿一オーナーは「(見直しは鹿取)GMも含めて。ドラフト会議には新しい体制で臨みたい」としているため、昨年6月に就任した鹿取義隆GM(61)は解任される見込み。25日に迫ったドラフト会議には「原体制」で臨むことになる。

 だからだろう。5日にスカウト会議が開かれた翌日の一部スポーツ紙には「巨人根尾1位」の見出しが躍った。これに驚いたのは他ならぬ、巨人の関係者だ。「え? 1位は(金足農の)吉田輝星(3年)に決まったんじゃないの? せっかく吉田がプロ志望届を出すと決断したタイミングで、なぜ根尾?」と大混乱。実際、鹿取GMは先月下旬、「吉田は1位? はい。せっかくああ(巨人が好き。巨人に行きたい)言ってくれていますし。そのつもりです」と吉田の1位指名を本紙に明言していた。

 相思相愛とみられていた甲子園のスターからベタ降りし、甲子園春夏連覇を達成した大阪桐蔭の「二刀流」根尾昂(3年)に乗り換える可能性が出てきたのだ。投手で最速150キロ、遊撃手としても逸材で、ポスト坂本勇人(29)として捉えているという。確かに根尾は逸材には違いないが、ここにきて急浮上するのは不可解である。

「次期監督の原さんの意向でしょう」とさる球界関係者がこう言う。

「巨人は『将来的にエースになり得る投手』が最大の補強ポイント。だから1位は甲子園のスター吉田で内定していた。『巨人に行きたい』と言うジャイアンツ愛も球団にとっては評価の対象だった。しかし、原さんの見立ては、もうすぐ30歳になる勇人の後釜候補が必要というもの。6日に報道が出たのは、吉田が9日にプロ志望届を提出し、10日にプロ入り表明会見を行うため。『巨人の1位は吉田』というのが既成事実とならないよう、その前にクギを刺しておく必要があったのです」

 原第2次政権時の2014年にも似たようなことがあった。巨人は早大の大型右腕・有原航平(現日本ハム)を1位の筆頭候補に挙げていたが、直前に原監督が智弁学園の岡本和真に変更させた。前出の関係者が解説する。

「この時も10月に入った段階で『智弁・岡本、巨人ドラ1に急浮上』と今回同様、原さんと付き合いの深いスポーツ紙の1面でブチ上げた。同じやり方です」

■結果出した川相二軍監督が退団

 それだけではない。7日に発表された、川相昌弘二軍監督(54)の今季限りでの退団もおかしな話だ。06年の現役引退後、中日の二軍監督、巨人のヘッドコーチなどを歴任。16年から三軍監督を2年間務め、今季は二軍監督として、4年連続イースタン優勝に導いた。着々と実績を積み上げてきたにもかかわらず、ゴクローさんである。

「一軍は球団ワーストの4年連続V逸。チーム全体が新体制で来季へと臨むことから、二軍首脳陣も新陳代謝を図ることになった、ともっともらしいことが報じられているけど、これも原さんの意向でしょう。昔は良好な関係だったのに、原監督時代の13年から15年までヘッドコーチとしてコンビを組んだ時に折り合いが悪くなった。15年春に原監督がインフルエンザに感染して川相ヘッドが代行で指揮を執ると4勝1敗の好成績。その辺からチーム内で不仲説が流れ始め、夏の終わりに三塁コーチが勝呂内野守備走塁コーチから川相ヘッドに交代となった。勝呂コーチの判断ミスが多かったことはあるにせよ、突然ヘッドが三塁コーチですから。確執が理由でベンチから遠ざけられたとみられています。川相さんはつい先日まで、来季の構想や8日に開幕したフェニックスリーグについて話していた。自分から辞める気はありませんでした」(チーム関係者)

 二軍監督の後任には、OBの篠塚和典氏(61)が筆頭候補に挙がっているという。2度の原政権下でいずれもコーチを務め、原監督が指揮を執った09年WBCで、打撃コーチとして日本の連覇に貢献。バリバリの「原派」の盟友である。

■派閥じゃないスカウト部長も…

 岡崎郁スカウト部長(57)も窮地に立たされている。

「11年に勃発した当時の球団代表による清武の乱は、ヘッドコーチにOBの江川卓を招聘しようとした渡辺球団会長に対し、すでに同ポストに岡崎コーチの留任が内定していたことから、清武さんが渡辺会長を『コンプライアンス違反』などと批判したのが発端。江川案のアイデアは原監督が出したものだった。清武さんが『岡崎君を守るためだった』と盛んに発言したことで岡崎コーチは“清武派”のイメージが定着。原さんが復帰するこのタイミングで、こちらも原さんと関係が良くない鹿取GMと岡崎スカウト部長がチームを追われるともっぱらです」(前出のチーム関係者)

 原次期監督は1次政権時に当時の三山秀昭球団代表と対立し、わずか2年で辞任に追い込まれている。2次政権では清武球団代表とぶつかり、「清武の乱」という前代未聞の内紛を引き起こした。3度目の就任は、由伸辞任という緊急事態に、球団側が就任を頼み込んだ経緯があるだけに、これまで以上に原次期監督が好き勝手にやることが予想される。

 巨人はまた同じ轍を踏むのか――。

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