市原弘大と堀川未来夢の白熱の優勝争い 二人の明暗を分けたもの【ツアーの深層】

市原弘大と堀川未来夢の白熱の優勝争い 二人の明暗を分けたもの【ツアーの深層】

愛されキャラの市原弘大 今季2勝目の深層とは?(撮影:村上航)

大会開催時、世界ランキング1位に君臨していたブルックス・ケプカ(米国)が3連覇をかけて来日した「ダンロップフェニックス」は、市原弘大の大逆転優勝に終わった。首位の堀川未来夢と5打差からのスタートだったが、最後の最後でバーディを奪い、18番をボギーとした堀川を振り切ったその展開の裏にはどんな深層が隠されているのか。JGTOのコースセッティングなどを手がける田島創志に聞いた。

■強さを身につけ真のトップ選手に上り詰めた市原

今年の「日本ゴルフツアー選手権 森ビルカップ」でツアー初優勝を遂げた市原弘大が、またしてもビッグタイトルを手にした。最終日は優勝を狙えるギリギリのところから、前半の9番パー4で2打目を放り込みイーグル。10番でもバーディを奪い、一気に優勝戦線に名乗りを挙げた。

「会場のフェニックスカントリークラブはグリーンの傾斜が強く、スピードも速い。そんな中では安全に乗せたいと思いがちですが、うまく攻めた選手にはご褒美がありました。市原選手は攻めていたし、パッティングも良かったし、タイトなピン位置に対してもショットの精度の高さで攻めていました」と、ひたすら攻め抜いた結果の優勝だったと田島は分析する。

「最後の3打目も打ちたいと思っていたショットを見事に具現化しましたし、魅了するゴルフをしていました。17番もダブルボギーとなってもおかしくないところから落ち着いてボギーとして、18番でバーディ。技術がうまいプロはたくさんいますが、あの状況、あの緊張感の中でも同じリズムで自分を信じて打つことができるようになったのが大きいのではないかと思います」

■愛されキャラゆえの責任感が芽生える

市原といえば常に笑顔で、楽しそうに、でも歯を食いしばりながらプレーする姿で知られる。昨年はシード落ちを経験したが、今年は初優勝から年間2勝を挙げるなど努力が報われた。そこには市原の性格、人間性、プロとしての姿勢が関係していると田島は言う。

「プロゴルファーは自分の成績次第でなんとでもなるし、自分が主人公。でも、市原選手はいろんな人とともに歩んでいる感じが見えます。ファン、スポンサー、すべての人に対する感謝の気持ちが感じられました」と、周りを巻き込んで栄冠をつかみ取った印象が強い。

「面白いキャラクターで、一度市原選手に触れるとみんなファンになる。等身大の自分で戦うし、多くの人から愛されて、それをパワーに変えて戦っている感じがします。苦労を重ねてきましたけど、市原選手の姿勢はこれからのプロゴルファーのお手本になるものだと思います。イーグルや難しいパッティングを沈めるなど、運を呼び込んだのもそういうところにあるのではないでしょうか」。

■ゾーンから現実に引き戻された18番で泣いた堀川

首位スタート。ツアー初優勝に向けて前半はドライバーが曲がりまくった堀川。最終組全体の空気も重くなるなか、それでも田島は「8番くらいから自分のプレーを取り戻していました。ゴルフの組み立ても良かったし、後半はゾーンに入っていたかのような感じがしました」と、勝てなかったとはいえ、堀川の戦いを賞賛する。

「17番のパー3は1打リードで、ここしかないというところにティショットをバシッと決めました。初優勝がかかっている選手としては完璧なショット。あの状況では100点満点でしたが、そのときに市原選手の最終ホールでのバーディの大歓声を聞いたのではないでしょうか。そこで並ばれて、最低でもプレーオフと考えた可能性はありますね」と、ゾーンから一気に現実に引き戻されたと見る。

自分が立てていたマネジメントがすべてできていた中で、「パーでもいいと思ってしまったのか、もしかしたら絶対にバーディを獲るという意識がなくなってしまったのかもしれません。現実に引き戻されてしまって、それまでできていたマネジメントが具現化できなかったのではという見方もできます。しかし、17番のティショットを見る限り、日本シリーズに出るにふさわしいゴルフをしていたことに違いません。残り試合での活躍も十分期待できます」とした。

解説・田島創志(たじま・そうし)/1976年9月25日生まれ。ツアー通算1勝。2000年にプロ転向し、03年『久光製薬KBCオーガスタ』で初日から首位を守り、完全優勝。青木功JGTO(日本ゴルフツアー機構)体制では、トーナメント管理委員会 コースセッティング・アドバイザーを務める

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