【小川淳子の女子ツアーリポート“光と影”】QT、プロテストはなぜ見られない?米Qシリーズ失格事件に思う

【小川淳子の女子ツアーリポート“光と影”】QT、プロテストはなぜ見られない?米Qシリーズ失格事件に思う

日本のQT、プロテストはコース内での観戦ができないが…(撮影:ALBA)

米女子ツアーでは、クォリファイングトーナメント(以下、QT)でのプレーも見ることができる。LPGA Qシリーズ(昨年までのファイナルQTに相当)第7ラウンドに起きたドリス・チェンの失格事件(詳細は後述)を聞いて、そこに彼女の母親がいたことに驚いた日本のゴルフ関係者も多かったのではないだろうか。なぜなら、日本ではファイナルQTでさえクラブハウス周辺(コースレイアウトにもよるが1番および10番ティ、9番および18番グリーン付近)のみしか見られないのが慣例だからだ。ファイナル以外は取材も一切禁止。ファミリーなどはハウス回りだけが見られることになっている。


理由については「取材がファイナルだけなのはスタッフが少なくて対応できないため。コース内に入れないのは、人を入れることによって選手のプレーに影響が出るからです。それは本末転倒なので」(LPGA広報)とのことだった。確かに、プロテストやQTは重圧がかかるものではある。だが選手たちはそこを経てトーナメントでプレーするようになる者ばかりだ。人に見られるのが仕事になり、成績や人気次第で周囲に人の多さが違うのも当たり前。その“前哨戦“とも言うべき場なのだから、過保護過ぎる気もする。

ところで、米での“事件”について改めて説明しておこう。“主役”のチェンは、2010年「全米女子ジュニア」王者で、USC(南カリフォルニア大学)在学中の2014年には、大学最高峰の「NCAA選手権」で個人優勝も飾った実力者だ。

8ラウンド144ホールで順位を争われるQシリーズ第7ラウンドの17番で、チェンはティショットを大きく曲げ、ボールはOB方向へ。しかし、いってみるとインバウンズにあったため、そのまま第2打を打ってホールアウト。続く18番もプレーして、その日のラウンドを終えた。だが、その後「OBだったボールがインバウンズに動かされた」という証言が出てきて事態は紛糾。ボールを動かした“犯人”がチェンの母親だという証言もあった。目撃者、キャディとチェン本人の証言が全く違っていて混乱したが、調査の結果、チェンは失格となってしまった。

チェンは「みんなが、私をチーター(ずるい人間)と言っていることに傷ついている。私はチーターじゃないし、家族にも友達にも“ボールを林から出してくれ”なんて言ったことはない」とコメント。何とも後味の悪い結末となってしまった。

チェン事件の真相は、いまでもはっきりしない。だが、ゴルフと言うスポーツの本質は、あるがままの状況を受け入れ、そこからどうベストを尽くすか、というところにある。他人に対してはもちろんのこと、自分に対しても嘘をつかない。それを当たり前にできないようでは、ゴルファーとは言えない。

そう考えると、たとえ、今回のような事件が起こったとしても、QTだろうがプロテストだろうが、プレーを見守る人間がいるのはごく自然なことだ。なぜ、禁止しなければならないのか。もちろん禁止するための理由は、いくらでも見つかるだろう。

「プレーヤー以外が入ると安全が確保できない」「コースが嫌がる」「身内がアドバイスをするかもしれない」「ボールをいいところにけり出してしまうかもしれない」。だが、それを言い出したら、ゴルフの競技など成立しなくなる。広いコース内に誰も見ていない場所などがいくらでもあるのだから。興行でなければ、コース内に入る人間の安全確保は自己責任にすればいい。インチキが行われるかどうかについては、考える必要もないだろう。性善説に基づいたルールの中でプレーするのが大前提のゴルフ。それを、衆人に見られるという特殊な状況でやるのがプロだということを改めて考えたほうがいい。

今回の事件の後、米女子ツアーが何か対策をとるかどうかはわからない。だが長い間、米女子ツアーはQTでも当たり前にコース内で応援できたし、取材もできた。それをやめる方向に行くとはとても思えない。

日本では、トップレベルのアマチュアの競技も、相変わらずチーターが多いと聞く。親や指導者にスコア至上主義で育てられ、スコアが悪いと怒鳴られれば、そうしたくもなるだろう。だが、それはゴルフとは似て非なるものだ。それをさせてしまう大人の罪はさらに重い。チェンの事件を聞いて、ゴルフの本質を改めて考え、それとは違う方向に行きかけている一部の現実を憂う。それと同時に、それでもコースを開放している米国から学ぶべきことは多いと実感した。上っ面や賞金額ではなく、本質的な部分に目を向けることが求められている。(文・小川淳子)

<ゴルフ情報ALBA.Net>