11年9カ月ぶりの復活V 今、再び「ネクスト・タイガー」【舩越園子コラム】

11年9カ月ぶりの復活V 今、再び「ネクスト・タイガー」【舩越園子コラム】

家族とともに復活優勝を喜ぶチャールズ・ハウエルIII(撮影:GettyImages)

「RSMクラシック」最終日は、初日から首位を守ってきたチャールズ・ハウエルIII(米国)と土日を「61−62」で回って記録的な猛チャージをかけたパトリック・ロジャース(米国)とのサドンデス・プレーオフへもつれ込み、2ホール目で3.5mのバーディパットを沈めたハウエルが、実に11年9カ月ぶり、333試合ぶりの大復活優勝を遂げた。


その昔、ハウエルが「次なるタイガー・ウッズ」と目され、大きな注目を集めたスーパースターだったことを覚えているファンは、もはや多くはないだろう。

ハウエルは「マスターズ」の舞台、オーガスタナショナルのすぐそばで生まれ育ったジョージアっ子。オーガスタナショナルのアーメンコーナーに隣接するオーガスタCCというゴルフ場がハウエルのホームコースだった。

7歳からクラブを握り、AJGA(全米ジュニアゴルフ協会)時代から天才ジュニアと呼ばれたハウエルは、名門オクラホマ州立大学へ進み、オールアメリカンに選ばれること2回。3年生のときにNCAAチャンピオンに輝き、アマチュアにして出場した下部ツアー大会でいきなり2位に食い込む活躍を見せた。

その直後の2000年に21歳でプロ転向。推薦出場した6試合だけでスペシャル・テンポラリー・メンバー資格を得たハウエルは「オーガスタの申し子」の異名を取り、ウッズ最強時代に現れた期待の若者は「ネクスト・タイガー」と持て囃された。

しかし、2002年に「ミケロブ選手権」で米ツアー初優勝を挙げるまで、それから2年超を要した。2007年「ニッサン・オープン」を制し、通算2勝目を挙げるまでには5年を要した。その日から今大会で通算3勝目を挙げるまでには11年9カ月を要し、かつての天才ヤングゴルファーは、すでに39歳になっている。

思わず込み上げたうれし涙は、その歳月の長さを物語っていた。ハウエルは必ずしも不調だったわけではなく、何度も優勝争いに絡み、何度も2位になったが、どうしても勝利にはギリギリで手が届かなかった。

初優勝から5年を経て2勝目を挙げた直後の2007年の春、ハウエルにインタビューをしたことがあった。そのとき彼は「これまで僕が勝ったのは2回だけだけど、2位になったのは合計14回。優勝できる確率と2位になる確率には、そのぐらい差がある。でも、やっぱり勝負は勝ってこそだ。だから僕は必死に練習して挑み続ける」と言っていた。

あのときのハウエルは2位になった回数を正確に把握していて、自ら「14回」と言ったが、2勝目以降のこの11年9カ月の間、果たして何回2位になり、どれだけ優勝争いに敗れ、悔し涙を飲んだことか。

「いつも、ほんの少しだけ僕に運が向いてくれたらと思ってきた」

ハウエルにとって勝利と惜敗は、いつも小さな運に翻弄されると感じるほどの“紙一重”の差だった。いつもギリギリで勝利を逃すと感じていたハウエル。その「ギリギリ」の意味は、本当はいろいろあったはずだが、11年ぶりの勝利を目前にしていた今大会の74ホール目のハウエルは、噛み締めてきたギリギリ感を、とにもかくにも目の前のバーディパットにすべて込めた。

「ギリギリでカップに届かないというパットだけは絶対にしない。何がなんでも届かせる。たとえ打ちすぎることはあっても、ショートだけは絶対にさせない」

そんな強い想いを込めて挑んだバーディパットはカップの真ん中から勢いよく沈み、その瞬間、ハウエルの復活優勝が決まった。

「ようやく僕に幸運が訪れた」

運だけじゃない。勝利に手を伸ばし、掴み取ったのはハウエル自身の11年9カ月の忍耐と努力の賜物だ。

ふと気づけば、ウッズが今年9月の「ツアー選手権」で5年ぶりの復活優勝を遂げ、それから2カ月後の今大会でハウエルもウッズに続き、復活優勝を遂げたことになる。

デビューから19年目。当初とは意味が変わった「ネクスト・タイガー」は、それはそれで感慨深い。

文 舩越園子(在米ゴルフジャーナリスト)

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