『日本』が試された11ヶ月間 タイガーの言葉が示したもの【記者の目】

『日本』が試された11ヶ月間 タイガーの言葉が示したもの【記者の目】

ウッズの笑顔、ボランティアの笑顔…日本が試された11か月だった(撮影:岩本芳弘)

優勝カップを掲げるタイガー・ウッズ(米国)を見て、張り詰めていたものが一気に緩んだ。習志野CCのエリアコースマネージャーを務める瀧口悟氏は、熱狂する周囲とはひと味違った感情でタイガーを見つめていた。興奮よりも感動よりも、まず先に出たのが安堵。―これで、“日本”は大丈夫。


台風21号の影響で、2日目の競技中止や3日目の“無観客試合”を挟みながらも、合計4万人を超える観客を動員。コース近隣のホテルは早々に満室となり、会場までのシャトルバスが出ている千葉ニュータウン中央駅、印西牧の原駅も連日大混雑。北総鉄道によると、大会期間中(22日〜28日)の乗降人数は2駅合せてのべ5万9000人増を記録した。

練習の合間に、市内を始め成田や都内へも観光に出かける選手の姿も見られた。コースがある印西市の市長は「日本で初めて、世界的なトップゴルファーたちによる華麗なプレーを本市でご披露いただけたことを大変嬉しく思う。出場選手の皆様並びに大会関係者各位、そして熱い声援を送られた多くのギャラリーの皆様の再訪を、心よりお待ちしております」と話した。この大会が、ゴルフ界のみならず大きな経済効果をもたらしたことは間違いない。

しかし、これだけで“大成功”というにはまだ足りない。本大会の開催が発表されたのが、昨年の11月。日本で初めての米ツアートーナメントに向けて、PGAからは様々なオーダーが降ってきた。

大幅な改造こそなかったが、フェアウェイを横に10ヤードずらしたり、ティングエリアを新設したり。各セクションの専門家を集め、通常なら3年かかる作業を1年未満の期間で整えることが求められた。「PGAの方々が、日本にいる我々以上に大会のことを考えてくれた。“日本のコースの特徴を最大限いかして、なんとしても成功させたい”。そんな思いが、すごく伝わってきました」(瀧口氏)。

開催コースが決まってから、月1度ほどのペースでPGA側がコースを視察。電話やメールでも常に状況をやりとりする日々が続く。その中で徐々に重さを増していったのが、『日本』を背負うという実感だった。「PGA側とやりとりをする際、“日本は〜ができるのか”という問いかけになるんです。“習志野CCは”、ではなく」。中国や韓国では、すでに米ツアーが行われている。世界から日本のゴルフ界がどう評価されるかが、この1試合にかかっていた。「考えすぎかもしれませんが、日の丸を背負って五輪にいくような感覚でした」。

コースコンディションだけでなく、米ツアーの選手たちに『またエントリーしたい』と感じてもらう必要がある。大会主催のZOZO社も、前社長の前澤友作氏の『子どもから女性にも、色々な人に大会を楽しんでもらいたい』という意向もあって積極的に運営面に関わった。

様々なキッズイベントも用意し、子どもたちが選手の手を引いてティイングエリアにアテンドする「キッズエスコート」を実施。これは米ツアーでは初めての取り組みだ。ほかにも親子ボランティアを募集し、練習場では子どもたちがボールを持って駆け回り、ゴルフ経験のない子どもも選手にサインをもらってはしゃぐ姿が印象的だった。

24日(木)。第1ラウンドの1組目のティオフを見届けに行ったとき、思わず鳥肌が立った。人の多さだけではない。大勢のファンが楽しそうに声援を送り、大歓声を受けながらコースに出て行く選手たちの姿が目に焼き付いた。

コースセッティングだけでなく、ボランティアやサービス、ファンの声援、すべて含めて、選手に『また日本に来たい』と思ってもらうこと。

優勝インタビューで、タイガーが「来年、また戻ってくるのを楽しみにしている」と自ら発した言葉が、なによりの証明となった。(文・谷口愛純)

<ゴルフ情報ALBA.Net>

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