2019年国内は“欠場”からスタート 「81」から自身初の棄権も経験【石川遼の2019年】

2019年国内は“欠場”からスタート 「81」から自身初の棄権も経験【石川遼の2019年】

石川遼が3年ぶり優勝に涙(撮影:鈴木祥)

「日本プロゴルフ選手権」での3年ぶり優勝から、今シーズン最多となる3勝を挙げた石川遼。2017年終盤に国内ツアーに復帰し、見事に復活を果たした1年となったが、腰痛によるツアー離脱や連続予選落ちなど順風満帆とはいかなかった。そんな激動の1年を開幕戦から振り返る。


■シンガポールの失速から、地区オープン連覇
シーズン開幕戦は、1月の「SMBCシンガポールオープン」。昨年は2日目を終えて首位に立つも、3日目に失速して16位タイで終了。今年も2位タイで予選通過を果たしたが、決勝2日間で停滞して47位で終了とまずまずのシーズンインとなった。4月の本格開幕に向けてツアーはいったんオープンウィークに入る中、地区オープンの「千葉オープン」に参戦。シード選手も数多く参戦する中、18年は初出場で大会制覇。今年も木下裕太とのプレーオフを制して連覇を果たし、国内開幕戦の「東建ホームメイトカップ」に向けて弾みをつけた。

■国内初戦を欠場 ワーストに迫る「81」から、自身初の棄権も…
国内での第1戦となるのが、4月の「東建ホームメイトカップ」。18年に重永亜斗夢と優勝争いを演じた大会、今年も期待がかかる中で開幕を迎えようとしていたが、開幕前の2日前に欠場を発表した。原因は腰痛で、「軽度のため、2週間以内に完治できるよう専念したい」とコメントを発表していた。

無事に初日を迎えたかに思われた「中日クラウンズ」。ところが、異変が起きたのが8番のティショット。「打った直後に痛くなるのは初めてだった」と一瞬足が踏み出せなくなるほどの痛みに襲われた。耐えながらのプレーで、この日はプロ転向後ワーストとなる「83」(2011年「日本ゴルフツアー選手権」の初日)に迫る「81」でホールアウト。翌日、第2ラウンド開始前に棄権の判断を下した。プロ転向後で初の棄権。ここから、治療に専念するために3試合を欠場。次にトーナメントに姿を現したのは、約1ヶ月後の「日本ゴルフツアー選手権」だった。

■復帰“第一歩”直後の劇的優勝 3年ぶり優勝に「こんなに興奮するんだ」
「もちろん1つでもいいスコアを目指すけど、まずは復帰の第一歩として考えたい」。ツアー選手権に臨むに当たりそう語っていた石川は、これまで苦戦してきたコースで20位タイと好位置につけた。まずは復帰戦を終えて「次の試合も、8月以降も楽しみだと思います」と明るい兆しを見せたが、直後の「日本プロゴルフ選手権」で劇的な復活優勝を遂げる。

鹿児島で行われた日本プロ。15年ぶりにやってくる男子ツアーに多くの人が待ち望んだ大会は、記録的豪雨の影響で会場周辺には避難勧告が出され、初日が中止に。最終日に36ホールを行う強行スケジュールとなることが発表された。

首位タイで予選を突破したものの、第3ラウンドは「途中で分からなくなった」とアイアンショットが乱れて、4番からボギー・ダブルボギー・ダブルボギーと立て続けにスコアを落として一時は20位前後まで後退した。転機が訪れたのは、首位と6打差で迎えた最終ラウンド。トップを走っていたハン・ジュンゴン(韓国)が17番でスコアを崩し、トータル12アンダーで首位に並んだ。

チャンスホールの18番パー5で行われたプレーオフ。「ドライバーを打つまではOBもあるのでかなり不安だったけど、このホールで勝負を決めないと不利になると思った。チャレンジャーとしてやろうというつもりもあった」と振り抜いたドライバーは右に出たが、カート道に当たってフェアウェイに戻ってきた。普段より30ヤードほど飛ぶビッグドライブを見せ、5番アイアンで打ったセカンドは約4mのイーグルチャンスへ。会場中が息をのんで見守る中、これを沈めてイーグル締め。大歓声を浴びる中で右手を大きく振り上げ、災害に見舞われた鹿児島に活気をもたらした。

3年ぶりの優勝に、涙がこみ上げる。「ゴルフって、こんなことがあるんですね。やってきて本当によかった。こんなに興奮するんだ」と、久々の勝利の余韻をかみしめた。

<ゴルフ情報ALBA.Net>

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