中嶋常幸は高いトップから極上フェードボールを打っていた【レジェンドのスイング回顧録】

中嶋常幸は高いトップから極上フェードボールを打っていた【レジェンドのスイング回顧録】

中嶋常幸の9番アイアンの連続写真を井上透が解説(撮影:GettyImages)

1954年に群馬県で生まれた中嶋常幸は、1973年に当時史上最年少の18歳で「日本アマ」に優勝。1975年にプロ入りすると、翌1976年に早くも初勝利を挙げた。青木功と尾崎将司とともに、AON時代を築き、1982、1983、1985、1986年と4度の賞金王に輝いた。1985年には年間6勝を挙げ、出場24試合中17試合でトップ10に入る圧倒的な強さで、史上初の年間獲得賞金1億円を突破。その年の中嶋の9番アイアンのスイングを、ゴルフスイングの歴史に詳しいプロコーチの井上透氏が解説する。


単純にすごくきれいなスイングです。このとき、中嶋さんは世界一美しいスイングと言われていました。リズム感や流れが良くてしなやか。中嶋さんらしいダイナミックなスイングだと思います。バックスイングでは手元と体の一体感を持って捻転をさせて、フィニッシュは逆C字でした。当時のジャック・ニクラスのようなイメージで打っていたのではないかという気はします。

特徴的なのはダウインスイングの動きです。アップライトな高いトップのポジションから、シャフトは首のラインから下りてくる。この軌道で振っていたということは、フェード系のボールだったと想像できます。私と出会った頃も中嶋さんは左から右にボールを曲げるのがすごく上手でした。全体的にワンピース感のある良い動きです。ハーフウェイバックのフェースアングルは背骨の角度と平行になっているし、その中間のフェースアングルもきれいです。そういう意味では現代スイングと大きな遜色はありません。

中嶋さんがゴルフを始めた年齢(10歳)とか、「日本アマ」に勝った年齢(18歳)を考えると、ジュニアゴルファー出身の先駆けみたいな選手でした。尾崎将司さんや青木功さんはある程度大人になってからゴルフを始めています。中嶋さんはジュニアゴルファー出身で初めて世界で戦える選手だったわけです。そのしなやかな動きは、ジュニア期にゴルフスイングを作っていたことが大きいと思います。大人になってからゴルフを始めると、クラブは軽く感じます。ジュニア期からゴルフをやると、当時クラブは絶対的に重かったはず。だから体全体を使って打つしなやかな動きにつながっていったのでしょう。

私が中嶋さんのコーチをしていた時代、その探究心やチャレンジ精神には驚かされました。青木さんには“変えない力”がありますが、中嶋さんやジャンボさんには同じDNAが流れていて“変えていく力”がありました。自分の体の変化に応じてスイングを適応させたり、ゴルフクラブの進化によって技術を対応させたりする努力を怠らなかった。中嶋さんは探究心の塊で、技術についての日記を毎日つけていました。日本の頂点に立った選手が、あの年齢になってもいつでも前を向いている感じは、本当にすごいなと思いましたね。

■解説・井上透
1973年生まれ。神奈川県出身。1997年からツアープロコーチとしてのキャリアをスタート。中嶋常幸、佐藤信人、米山剛などのコーチを務めた。現在は成田美寿々や穴井詩らを指導している。東京大学ゴルフ部監督としての顔も持つ。

<ゴルフ情報ALBA.Net>