「高校時代はイップスで80台を打っていた」 22歳の関藤直熙が歩んできたオーストラリアとアジア

「高校時代はイップスで80台を打っていた」 22歳の関藤直熙が歩んできたオーストラリアとアジア

将来はスーパーヒーローへ(撮影:福田文平)

<JGTO共催ゴルフパートナーエキシビショントーナメント 2日目◇10日◇取手国際ゴルフ倶楽部(茨城県)◇6766ヤード・パー70>

2日間に渡って行われたツアー外競技、「ゴルフパートナーエキシビショントーナメント」は、9つのバーディを奪ってコースレコードの「61」をマークした22歳の関藤直熙(せきとうなおき)がトータル14アンダーで優勝。しかも2日間ノーボギーのおまけ付きだった。


広島県福山市出身の関藤がゴルフを始めたのは6歳のとき。シングルプレーヤーだった父、寛さんから手ほどきを受けると、小学3年生ですでに70台で回っていた。中学2年生で日本アマに初出場し、中学3年生の年度末にはナショナルチームのメンバーに選ばれた。小学生のときに抱いた「ツアープロとして世界で活躍する」という夢に向かって順調にステップアップしていたが、広島国際学院高に進むと、「とにかく曲がるんです」とドライバーイップスに悩まされることになる。

コース内にボールが収まればアンダーパーだが、それ以上に曲がると80を切れなくなった。イップスは直らないままだったが、高校3年生のときには、1学年下の金谷拓実と2学年下の弟、関藤侑嗣(ゆうじ)とともに全国高校選手権の団体戦で優勝することができた。

日本男子ツアーのQTに失敗し、高校卒業後はオーストラリアのクイーンズランド州にある、ジェイソン・デイ(オーストラリア)の母校でもあるヒルズ学園ゴルフアカデミーに留学。「自分のことを誰も知らないのは新鮮でした。ドライバーを曲げても下手くそな日本人としか思われないし、おかげで何も気にすることなくボールを打つことができました」とドライバーイップスはいつの間にか直っていた。

オーストラリア留学2年目の2017年にプロ宣言。その後、オーストラリアンツアー、アジアンツアー、日本ツアーのQTに挑戦したが出場権を得ることができなかった。

思うように試合に出られない日々が続いたが、昨年、状況が好転する。運よく主催者推薦で出場できたアジアンツアー下部のADTツアー、「PGM UMW ADT選手権」で2位タイに入り、「前週トップ5以内」の資格で出場した「PGM ADTペナン選手権」でなんと初優勝。その後、2勝目を挙げて日本人で初めてADTツアー賞金王に輝いたのだ。

下部ツアーからアジアンツアーの出場権を得た関藤は、国内男子ツアーでも初めてファイナルQTに進み、11位で20年の前半戦の出場権を掴んだ。

昨年プロテストに合格した弟の侑嗣とは、ずっと練習をともにしてきた。関藤の苦しい姿も近くで見てきた。今大会に優勝して関藤は「まだメッセージは確認していないけど、(弟は)喜んでくれていると思う。普段一緒に練習しているので、僕でも優勝できたということに弟もびっくりしていると思います。いつも『お兄ちゃんは頑張ってます』と言ってくれているんですが、帰って一緒にゴルフしたいです」とはにかんだ。

「今日着ようと思っていた」というポロシャツの胸には『SUPER HERO』(スーパーヒーロー)と大きなロゴがプリントされている。将来も、ヒーローに「なれるものならなりたいですね」。幼い頃に描いた「ツアープロとして世界で活躍する」という夢は再び軌道に乗って上がり出した。(文・下村耕平)

<ゴルフ情報ALBA.Net>