個人戦よりも団体戦に熱 新幹線通学で“学校愛”が強かった渡邉彩香【高校ゴルフ部監督回顧録】

個人戦よりも団体戦に熱 新幹線通学で“学校愛”が強かった渡邉彩香【高校ゴルフ部監督回顧録】

高校時代から団体戦のプレッシャーに強かったという渡邉彩香(撮影:福田文平)

プロゴルファーの原点ともいえるのが高校時代。多くの有望選手を輩出する名門高校のゴルフ部監督は、その原点を知っている。有名プロとなった今では語られない、知られざるエピソードも数多い。高校ゴルフ部監督の回顧録をお届け。今回は夏の全国大会・団体戦男子の部で3度の優勝、女子の部で5度の優勝を誇る埼玉栄高校(埼玉県)を1980年4月から2020年3月まで率いた橋本賢一氏。現在は同校ゴルフ部名誉監督であり、関東高等学校・中学校ゴルフ連盟理事長を務める。橋本氏はメンタル面の強化をモットーにしていたこともあり、今でも卒業してプロになった選手から相談を受けるという。(取材・文/山西英希)


■新幹線通学も学校が好きで休むことはなかった

2011年に、1989年以来2度目の夏の全国大会で団体戦優勝を飾った女子チーム。当時のメンバーは渡邉彩香、辻梨恵、保坂真由、江澤亜弥と全員がプロ転向した強力チームだったが、橋本氏の記憶に強く残っているのが渡邉だ。

高校卒業の翌年、12年のプロテストに合格し、平均飛距離270ヤードというドライバーショットを武器に、実質1年目の2013年に初シードを獲得。18、19年と不調に陥りシード落ちを経験したが20年に復活。先週の「ほけんの窓口レディース」では、通算5勝目を挙げた。

中学3年時に「日本ジュニア」(12〜14歳の部)で優勝した渡邉は、静岡県熱海市出身だが、埼玉県さいたま市にある埼玉栄高を選んだ。「彼女は自宅から学校まで新幹線で通学していたのですが、毎日休むことなく通っていました」と、2時間ほどかけて通っていたという。

「印象に残っているのは、彼女が国体のメンバーに選ばれ、公欠をとって合宿に参加するはずだったときのことです。ある事情でその合宿が中止になったんです。普通の生徒なら公欠なのでこれ幸いとばかりにどこかのゴルフ場へ行ったりして、学校には来ないんですが、渡邉は学校に来ていましたね」と驚いた記憶があるという。

聞けば、学校に来きて友達とコミュニケーションをとるのが楽しかったらしく、ゴルフ部の試合以外では公欠をとることもなかったとのこと。「渡邉が個人でプロのトーナメントに出場することが少なかったのも、学校を休みたくなかったのでしょう」。渡邉はオレンジ色を好むが、埼玉栄の学校カラーがオレンジであることも“栄愛”の強さがうかがえる。

■団体戦の重圧がかかる中でもしっかりと結果を残していた

当時から同校では練習の際、専門のトレーナーが来て選手がヘロヘロになるまでハードトレーニングを行っていた。渡邉も当然参加するので、帰宅するのは夜の10時を過ぎていたという。

「足がつりそうになるぐらい鍛えていたと思いますが、トレーニングの大切さをそのときに分かったんだと思います。だからこそ、プロになってもトレーニングを続けているし、結果も出しているのではないでしょうか」と橋本氏。確かに、ツアーでも指折りの飛ばし屋といえる渡邉だがその基礎がつくられたのは高校時代だったのかもしれない。

個人競技であるゴルフだけに、個人戦での成績を重視するジュニアは少なくないが、こと渡邉に関しては違っていたという。「入学当初から、『自分は個人戦よりも団体戦で優勝したいんです』と言っていましたね。その言葉どおり、3年の全国大会で優勝しましたが、主将ではなかったもののゲームキャプテンとしてチームを引っ張っていました」。学生競技ならではの団体戦。個人戦にはない独特のプレッシャーを感じる一方で、勝ったときの喜びは個人戦の何倍にもなる。渡邉は仲間との戦いに力を注いでいたという。

渡邉はチームの先頭バッターとして大会に臨んだが、2日間のスコアが3アンダーとまさにポイントゲッターとして活躍している。「団体戦はプレッシャーがかかるので、そこで結果を出せる子が本当に強いんだと思います」という橋本氏の考えを地でいったのが渡邉だった。


■渡邉彩香
わたなべ・あやか/1993年9月19日生まれ、静岡県出身。身長172センチ。中学3年時に日本ジュニア(12〜14歳の部)で優勝。埼玉栄進高校進学後、1年から団体戦のレギュラーとして活躍し、ナショナルチームのメンバーにも選出された。高校卒業後の12年のプロテストに合格。13年には初シードを獲得し、14年にはツアー初優勝を遂げる。18年には賞金シードを手放したが、2020年の「アース・モンダミンカップ」で5季ぶりに復活優勝。今季は「ほけんの窓口レディース」で優勝。ツアー通算5勝。

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