高2の夏に“不安障害”に陥ったが、翌年には日本一になった狭間世代の有望株【高校ゴルフ部監督回顧録】

高2の夏に“不安障害”に陥ったが、翌年には日本一になった狭間世代の有望株【高校ゴルフ部監督回顧録】

今季トップ5入り3回と初優勝も近そうな菅沼菜々(撮影:米山聡明)

プロゴルファーの原点ともいえるのが高校時代。多くの有望選手を輩出する名門高校のゴルフ部監督は、その原点を知っている。有名プロとなった今では語られない、知られざるエピソードも数多い。高校ゴルフ部監督の回顧録をお届け。今回は夏の全国大会・団体戦男子の部で3度の優勝、女子の部で5度の優勝を誇る埼玉栄高校(埼玉県)を1980年4月から2020年3月まで率いた橋本賢一氏。現在は同校ゴルフ部名誉監督であり、関東高等学校・中学校ゴルフ連盟理事長を務める。橋本氏はメンタル面の強化をモットーにしていたこともあり、今でも卒業してプロになった選手から相談を受けるという。(取材・文/山西英希)


■“広場恐怖症”に陥り3カ月ほどゴルフから離れた

今回、埼玉栄高の卒業生で印象に残った選手を橋本氏に伺った際、いの一番に名前を挙がったのが菅沼菜々だった。昨季、賞金女王の稲見萌寧と同学年で、いわゆる黄金世代、プラチナ世代の間の世代だ。菅沼は昨季初シードを獲得し、今季は「ヤマハレディースオープン葛城」で3位タイに入るなど、トップ5入り3回と初優勝が近い選手として存在感を示している。

菅沼は2017年の「日本ジュニア」で稲見や1学年下の西村優菜、吉田優利らを退けて優勝しているものの、団体戦では3年時の6位が最高だった。個人戦よりも団体戦を重視する橋本氏がなぜ菅沼の名を挙げたのだろうか。

「彼女が2年のときに突如、不安障害に陥ったんです。電車に乗ることもできず、当然ゴルフどころではありませんでした」。当時は病名が分からなかったが、2018年のプロテストに合格した後、同じ症状が出て、その際に“広場恐怖症”と診断された。これは、交通機関での長時間移動に対し、激しい恐怖や不安を覚えるのだという。

「菅沼自身もゴルフをやりたくなかったこともあり、3カ月ほどクラブを握らなかったと思います。ただ、私もなんとかしてあげたいと思い、メンタル的な話をして、ようやくやる気になってくれました。その後、日本ジュニアで優勝し、初めてプロを目指すようになったんです」と振り返る。

■淡々とプレーする菅沼は天真爛漫で愛されキャラ

ただ、その「日本ジュニア」も楽に勝てたわけではなかった。最終日前夜は2位に4打差をつけていながらも、緊張のあまり寝ることができなかった。「(菅沼が)『どうしたらいいですか?』って聞いてくるので、簡単だよ、寝なければいいんだと答えました。目を閉じて横になっているだけでも体が休まるから大丈夫だとね」と橋本氏。さらに、プレッシャーに慣れることが大切だと説き、その上で「ここまできたらタイトルを取りにいきなさい」と気合いを入れたという。

最終日は後半崩れて長野未祈に並ばれたが、最終18番パー4でボギーを叩いた長野に対し、菅沼はパーセーブしたことで、辛くも1打差で勝利することができた。「崩れながらも後半耐え抜いたことがよかったんでしょう」と目を細めた。病気のことがあったからこそ、よけいに感慨深かい勝利だった。

トーナメントでは淡々とプレーする菅沼だが、そのスタイルは高校時代から変わっていないという。ただ、練習ではお茶目なところもあり、橋本氏に「先生、私のスイングを見て下さいよ、どうですか?」と無邪気に話しかけてくるタイプだったとのこと。「天真爛漫というか、性格がかわいい子で、皆から愛されるキャラでしたね」と懐かしむ。今でも、電話やメールなどでいろいろと相談してくるらしいが、病気に負けず、昨シーズンは念願のシード権を獲得したことにホッと胸をなで下ろしていた。


■菅沼菜々
すがぬま・なな/2000年2月10日生まれ、東京都出身。身長158センチ。高校3年時の日本ジュニアでは、稲見萌寧や1学年下の西村優菜や吉田優利らを抑えて優勝。高校卒業した翌年の2018年にプロテスト合格。ツアー参戦実質1年目の19年は賞金ランキング62位。20-21年シーズンは同47位で初シードを獲得。今季は「ヤマハレディースオープン葛城」3位タイなどトップ5入り3回。

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