悲しいお別れで思うことと、リゾートトラストレディスの思い出【原田香里のゴルフ未来会議】

悲しいお別れで思うことと、リゾートトラストレディスの思い出【原田香里のゴルフ未来会議】

さくらの咲くころ、中野晶さん、鬼澤信子さんとメイプルポイントを回ってきました(本人提供)

2021年3月まで日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)の理事を務め、いまは女子ゴルフ界発展のため尽力し、自身のゴルフ向上も目指す、女子プロゴルファーの原田香里。まだまだこれからと話すゴルフ人生、そして女子ゴルフ界についての未来を語る。


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ゴルフを愛するみなさん、こんにちは。原田香里です。今日は、大事な友達を喪って(うしなって)考えたことと、明日から行われるリゾートトラストレディスでみる“今昔物語”という2つのテーマでお話ししようと思います。

まずは悲しい出来事から。ニュースでご存じの方も多いと思いますが、日本テレビの河村亮アナウンサーが亡くなりました。ゴルフの実況でもお世話になった河村くん(と、親しみを込めて生前と同じように呼ばせていただきます)は、私より1つ年下。年齢も近いこともあり。現役時代から親しくさせていただきました。一緒に食事をすることもある友人だったのです。

忙しかった理事時代にも、会えば話をするし、時折「元気?」などというLINEのやり取りもありました。野球や箱根駅伝の中継をテレビで見ていて、河村くんの声がすると、元気に頑張ってるな…と聞き入っていました。

2021年3月で私が理事を退任した直後には「時間ができたからゆっくりご飯でも食べようよ」というLINEをしたところ、「かおさん(私のことです)、お疲れ様でした。いろいろお話ししながらご飯でも食べましょう」と、わざわざ電話をくれました。ただ、その時はまだ新型コロナウイルス感染拡大が収まっていなかったこともあり「落ち着いたらね」という条件付きでした…。
まさか、あれが最後のやり取りになるとは夢にも思っていなかったのです。
54歳という年齢もあり、ニュースを聞いた瞬間から「まさか」というショックは大きく、正直、涙が止まりませんでした。お通夜にも行き、お別れすることができましたが、本当に、こんなことになるとは…。ご冥福を心からお祈りします。

河村くんが亡くなって改めて思ったことがあります。いつでも会えると思っていても、会えなくなってしまうことがあるということ、こんなお別れが身近になる年齢なんだということです。会いたい人には、先延ばしにせず、会いたいと思った時にすぐ会いに行く。実際、以前お世話になった方とお会いする約束もしたばかりです。

話は変わりますが、今週は、「リゾートトラストレディス」が山梨県のメイプルポイントGCで開催されます。実は、私も歴代優勝者の一人です。しかも、優勝した24年前(1998年)の第6回大会の舞台も同じメイプルポイントGCでした。

改めて当時の賞金額を見て驚きました。私がいただいた優勝賞金が900万円。今年のそれは1800万円ですから、約四半世紀で2倍に増えているということになります。時代とはいえ、試合を長く続けてくださっていることも含めてありがたいことです。

戦略性の高いコースなので、コースマネジメントが重要になります。グリーンのどこにキャリーさせるか、ランがどれだけ出るのか。そこまでものすごく考えて攻める必要のある難しいコースだったことをよく覚えています。

あの週の私はとても調子が良くて、ミスした記憶がほとんどありません。ミスしていたとしてもいい方向に行ってくれていたということもあります。若いハウスキャディさんがついてくれたのですが、アップダウンのあるコースなのに、重いバッグを担ぐ、と言ってくれました。「大変だからカートで」とお願いしたのですが、最終日は気合を入れてかついでくれましたっけ。キャディさんと1チームになって勝利を手にした、という感じの試合でした。

飛距離のある福嶋晃子さんと最終組でプレーしたのですが、平均して30ヤードから50ヤード、時には80ヤードくらいティショットで置いて行かれていました。当時、番手が6つくらい違うこともあった私でしたが、それでもチャレンジしがいのあるコースを楽しくプレーして優勝できたのですから、ゴルフは面白いものです。無理をすることなく、自分のゴルフはこういうもの、というプレースタイルをきちんと貫いて結果を出せた試合でした。

歳月が流れ、クラブは進化し、選手たちの飛距離も当時とはだいぶ違っています。セッティングと天候次第ですが、ピート・ダイ設計のコースは、やはりコースマネジメントが大切になります。キチンとフェアウェイをキープして、落とすべきところに落とせることに加えて、スピンコントロールまできちんとできる選手が上位に来るのではないでしょうか。

当時の3日間とは違って現在は4日間大会。72ホール徹底したマネジメントができた選手が笑うことになるのでしょう。翌週の「全米女子オープン」に出場する選手の中には、リゾートトラストを欠場する選手もいることでしょう。残念ですが、いつもとは違う様相になると思えばそれはそれで興味深いのではないでしょうか。

ツアー7勝目となったこの大会優勝当時の私は31歳。円熟期と言えばいいのでしょうか笑。まだまだバリバリ結果を出すつもりでいたのですが、残念ながらこれが最後の優勝になってしまいました。この年は2勝して、賞金ランキング2位になっておりますが、人生の分岐点と言いますか、お年頃でしたのでいろいろなことを考えてしまった時期でもありました。考え方は人それぞれですが、せっかくの舞台でプレーを続けられるのなら、できるだけ長くプレーしてくれる選手が多いといいなぁ、と思う今日この頃です。

原田香里(はらだ・かおり)
1966年10月27日生まれ、山口県出身。名門・日大ゴルフ部にで腕を磨き1989年のプロテストに合格。92年の「ミズノオープンレディスゴルフトーナメント」でツアー初優勝。93年には「日本女子プロゴルフ選手権大会」、「JLPGA明治乳業カップ年度最優秀女子プロ決定戦」勝利で公式戦2冠を達成。通算7勝。その後は日本女子プロゴルフ協会の運営に尽力し21年3月まで理事を務めた。

<ゴルフ情報ALBA.Net>

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