LIVゴルフ出現で「得たもの」「失ったもの」【舩越園子コラム】

LIVゴルフ出現で「得たもの」「失ったもの」【舩越園子コラム】

フィル・ミケルソンの今後は?(撮影:GettyImages)

先週、米国はサンクスギビング(感謝祭)のホリデーを楽しみ、その後はブラック・フライデー・セールに沸いていた。


PGAツアーは、すでに年内の公式戦がすべて終了し、先週はオフウィーク。そして12月に突入する今週はヒーローワールドチャレンジが開催され、大会ホストのタイガー・ウッズが出場する。

さらにウッズは翌週の「ザ・マッチ」にも出場。その翌週には長男チャーリーくんと親子大会のPNC選手権にも挑む予定になっている。

そんなウッズの3連戦を大勢のファンが心待ちにしていると思うのだが、その一方で、私がしみじみ思い出したのは、4年前のこの時期のにぎわいだった。

2018年のサンクスギビング明けのブラックフライデーと言えば、米ゴルフ界はウッズとフィル・ミケルソンの「世紀の一騎打ち」と銘打たれた「ザ・マッチ」の話題で持ち切りだった。

ウッズとミケルソンは往年のライバルだったが、「犬猿の仲」だと言われていたせいか、2人が直接対決するマッチが組まれたことは、それまでは一度もなかった。

しかし、4度目の腰の手術や逮捕劇を経て、必死に戦線復帰を目指していたウッズを陰で誰よりも激励していたのはミケルソンだったことがわかり、そこで創設されたのが、2人が対決する「ザ・マッチ」だった。

それまでは誰も着手せず、考えもしなかった世紀の対決を考案したのは、長年、ハリウッドで様々なイベントをプロデュースしてきたブライアン・ズーリッフ氏だった。

PGAツアーでは1983年から2008年まで、オフシーズンに名選手たちが遊び感覚で競い合う「スキンズゲーム」が非公式戦として開催され、ゴルフファンに愛されていたのだが、そのスキンズゲームを子どものころに観戦したというズーリッフ氏は「子どもながらに感銘を受け、みんなが見たいと思うようなすごいゴルフの大会をいつか作りたいと思った」そうだ。

そして2008年、ズーリッフ氏がウッズやミケルソンの承諾を得て創設した「ザ・マッチ」は、勝ったほうが9ミリオン・ダラー(当時は約10億円)をゲットする「すごいゴルフの大会」として大きな注目を集めた。

2人の戦いは手に汗握るシーソーゲームとなり、延長マッチを経て22ホール目でバーディパットを沈めたミケルソンが勝利。「これまで僕がタイガーを上回ることはあまり無かったから、こうして勝てたことは、とてもうれしい」と興奮気味に語った。

その後、「ザ・マッチ」は2人の一騎打ちからチーム対決へと姿を変え、野球界やアメフト界のスーパースターも交え、徐々に変化していった。

ウッズが出場したのは初回と第2回大会。ミケルソンは第4回大会まで出場し、第5回大会では前年に対戦したブライソン・デシャンボーにバトンを渡す形になった。

以後、ミケルソンは舞台裏だけに関わり、プロデューサーのズーリッフ氏と協力し、大会を維持・拡大すべく、手腕を発揮していた。

しかし、今年6月にPGAツアーを離れ、LIVゴルフへ移籍したミケルソンは、「ザ・マッチ」との縁も完全に切れたことが明らかになった。

かつてミケルソンは、この「ザ・マッチ」でプレーしている自分の写真や動画を自身の宣伝等で使用する権利を求めたが、PGAツアーはあっさり却下した。

そのころからミケルソンのPGAツアーに対する不満は急激に募り、それが彼をLIVゴルフ移籍へ向かわせる強い要因の1つになったと言われている。

あのときPGAツアーにもう少しだけ歩み寄る姿勢があれば、アイディアにもパワーにも富むミケルソンを失わずに済んだのかもしれないと思うと、今さらながら、パワフルな人材の損失は残念に感じられてならない。

だが、「みんなが愛する人々と、みんなから愛される大会を創り続ける」と語ったズーリッフ氏の割り切りとポジティブ姿勢には頭が下がる。

LIVゴルフの出現により、ゴルフ界のあちらこちらで「得たもの」、「失ったもの」が見られるのは事実だが、その「得失」を生かすも殺すも自分次第なのだと思えば、何ごとに対しても平常心でいられるのではないか。

オフウィークの週末に、そんなことを考えた。

文/舩越園子(ゴルフジャーナリスト)

<ゴルフ情報ALBA.Net>

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