「緊張して話せなかった」松山英樹が宮里藍への思いを語る

「緊張して話せなかった」松山英樹が宮里藍への思いを語る

ファンを公言する宮里藍について語った松山英樹(撮影:GettyImages)

<ザ・メモリアル・トーナメント 事前情報◇31日◇ミュアフィールド・ビレッジGC(7,392ヤード・パー72)>

29日(月)に会見を行った宮里藍の引退は松山英樹にとっても大きなものだった。「ザ・メモリアル・トーナメント」開幕前日の現地水曜日、取材に応じた松山は宮里藍についての思いを語った。


(宮里藍プロが引退)
はい。噂は流れていたので、ほんとにやめるのかなぁと思っていた。去年くらいから、そういう話しは出ていたと聞いた。発表があって、噂は本当だったんだと。

(最初に聞いたときは、ショックだった?)
あそこまで行った人には何も言えないですね。それはあの人にしか分からない悩みがあるでしょうし。僕とかがコメントするようなことはできない。それでも女子の人気があるのはあの人のお陰。下の人たちが見習ってああいう人気になっている。日本男子が人気がないので、優作さん筆頭にいろいろやっているから、何か力になれればいいなと思います。

(松山プロは藍プロのファンだったと聞いているが)
そうですね。はい。

(初めて会ったのは?)
11年?12年のミヤテレ(ミヤギテレビ杯ダンロップレディス)です。僕もプロアマに出させてもらったので。前の組で回っているのを見ました。最初は緊張して話せなかった。

(憧れたところは?)
スイングも、リズムとかみていろいろ試した。良かったときもある。世界一のパッティングも参考になるようなことはないかなと、いろいろ。人としてもね、ぼくはこんな性格なんで(笑)見習おうと…難しいけど、その心を忘れないでやりたい。

(モチベーションが上がらなくなったという引退の理由)
そういうことはありますよ。誰だってあると思う。でもあそこまで行った人なんで、戻すのが今まで以上に必要なのかなと思う。自分がそういうふうになったらどうなるのかなと。もう一回戻せる気持ちになるのかなと思う。その人にしか分からないから、そこまで行って見たいと思う。うまく行かないことがゴルフは多いけど、それが僕にとってはモチベーション。

(藍プロを初めて知ったのは、もうプロになっていた?)
なってないです。サイン、3つもらっているんです。帽子、ボール、グローブにももらってる。どんだけファンやねん(笑)家に飾ってあります。「またもらうの?」って言われて、「はい、もらいます!」って。仙台のときもクラブハウスで、サイン禁止て書いている目の前でもらった(笑)優しかった。

(やっぱり格好よかった)
オーラありますよね。

(宮里プロも順調ではなかった米ツアー)
そうですね。そういう記事は見ましたし、でもそれを乗り越えて、パターもね、悪くなってそれを乗り越えて行っているのもすごいなと思う。まあ、自分はそこまで深い悩みには、あの人のレベルじゃない。常に悩んでいるんで…でも自分の心が強くないとああやって乗り越えられない。

(憧れの人)
そうですね。それはあります。

(寂しくなりますね)
それは言っても仕方ない。記事で見たけど、お父さんがメンタルコーチをやればいいって。一番最初にお願いしようかなと(笑)そうなったら、パッティングコーチにもなってもらう。メンタルもパッティングもお願いする。

(アメリカの試合は見に行ったのは全米女子オープンだけ?)
そうですね。またなんか見に行きますかね。でもまだ残りの試合をしっかり戦おうという感じだろうから、あんまり邪魔はしたくないですね。邪魔にもならないけど。行くんだったら変装でもして。ヒゲでもつけて行きます。

(彼女は米ツアーで12年目。9勝)
すごいですね。でも勝てなくなったらそうなるんでしょうかね…30歳で引退というのは男子プロはあんまりないから。体がよくないとできないことなので。会って何か聞きたいことって言われても、緊張しますよ。何を聞けば、何を話せばいいのか…何も言えないですね。お疲れ様って簡単なことばじゃなすまない。あれだけ頑張ってきた人だから。選手が終わっただけで、これからまだゴルフ界でなにか関わると思うので。

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