「こういうプロになりたい…」石川遼も宮里藍に憧れた一人だった

「こういうプロになりたい…」石川遼も宮里藍に憧れた一人だった

石川遼も宮里藍から受けた影響は大きかったという(撮影:GettyImages)

<ザ・メモリアル・トーナメント 事前情報◇31日◇ミュアフィールド・ビレッジGC(7,392ヤード・パー72)>

高校生のアマチュアとしてツアー優勝を果たし、国内ツアーを経て米ツアーに飛び出したという石川遼と宮里藍。その石川は、「最初の報道は本当なのか、分からなくて何も発信できなかった」と引退を発表した宮里について語ってこなかったが、「ザ・メモリアル・トーナメント」開幕前日に取材に答えた。


(宮里藍プロが引退)
驚いたことだけど、よく考えたらあれだけ長い間トップでやってきて、僕は世界一になったことがないのでモチベーションの維持という部分では分からない感覚だと思う。今の藍さんの実力を持った選手だったら引退は考えないと思う。藍さんだからこそ、過去の自分を知っているというか、それが判断の基準だったのかなと思う。

(信じられなかった?)
いや、報道が本当かどうかがわからなかった。

(若くしてアマチュアで優勝して…というのは重なる部分)
藍さんだけじゃなくて、さくらさんとかもそうだと思う。でも、藍さんの力は大きい。日本女子ゴルフの象徴の1人かなと思う。たぶん藍さんがアマチュアでプロの試合を優勝した年の日本女子オープン、03年だったと思う。その時に見に行って、17番で「ナイスパー!」って言ったら「ありがとう」とこっち見て声をかけてくれた。それで、絶対にこういうプロゴルファーになりたいなと思った。僕が小学校5、6年生のころ。プロゴルファーが持っている力はすごいと思った。2年生のころにジャンボさんにサインをもらいに行ったときの、それに近い感動だった。多くのことをそこから学んだ。僕以外にも何千人という子供が藍さんからそういう思いをしている。僕はその中のひとりです。

(直接話した?)
話してはないですけど、連絡はとりました。会見の前です。なんて声かけるべきかと思ったけど、僕は藍さんから学んだこと、教えてもらったこと、ああいう姿勢でゴルフに取り組みたい。

うまく行くときもうまく行かないときも藍さんにもある。そういうときでも自分と向き合うことをしていた。米ツアーで初優勝まで時間がかかったし、日本でも毎週テレビで見ていて、うまく行ってないときも明るかった。

今自分がこういう状況にいて、いかに自分と向き合うのが難しいか分かった。今の僕とどっちが辛いかは分からないけど、藍さんが貫いてきたことを忘れたくない。そこから初優勝につながったと思う。試合の1球から多くのことを学ぶ姿勢は忘れたくない。自分は引退とかまったく考えたことはないけど、その先が長いからと余裕というわけじゃない。

(今だからこそ分かるという苦労は?)
うまく行く時期も行かない時期も自分の人生の一部。それをどんどん生かしていけるように発想を変えてやっていくしかないと思う。うまくいかない時期はすごく大事。そのときに何をやっていたか、自分のことを考えるチャンスだと思う。そういうものを藍さんからすごく感じた。

(引退理由のモチベーション低下は理解できる?)
まだ僕にはない。世界一になったことがある人とない人の違いだと思う。そこは違う。だからタイガー・ウッズが長い間世界一で居たことは、藍さんがそういう風になったことで、やっぱりタイガーもそういう時期はあったのかなと思う。

ニクラスさんもそうだし、パーマーさんもそう。みんな生き方がある。藍さんはゴルフを愛している人、これからのことは決まっていないと言っていたけれど、まあ、これからもすごく、あの藍さんは変わらないと思う。

<ゴルフ情報ALBA.Net>