【小川淳子の女子ツアーリポート“光と影”】米初優勝、畑岡奈紗の強みは志の高さと考える力

【小川淳子の女子ツアーリポート“光と影”】米初優勝、畑岡奈紗の強みは志の高さと考える力

黄金世代の中でも頭1つ抜けている畑岡(撮影:GettyImages)

畑岡奈紗が米女子ツアー初優勝を飾った。栄光の舞台は「ウォルマートNWアーカンソー選手権」。最後まで攻撃の手を緩めることのない「64」,「65」,「63」の通算21アンダーは大会新記録だ。2位に6打差のぶっちぎりは、まさに『世界に羽ばたくような子に』と命名されたアメリカ航空宇宙局(National Aeronautics and Space Administration)NASAの名にふさわしい。


1998〜1999年生まれの畑岡世代は、高校1年で国内女子ツアーに優勝した勝みなみに、3年でアマチュアのまま「日本女子オープン」を制した畑岡が続き、すぐにプロ転向。昨年、プロとして日本女子オープン連覇を果たすなど、目立った活躍が見られる。2人以外にも、日本ツアーでのプロ優勝一番乗りをした新垣比菜などの実力者がジュニア時代から切磋琢磨してきた“黄金世代”と呼ばれる。
その中でも畑岡は1人、大きく羽ばたいた。理由はいくつかあるが、まず、第1に志の高さにある。最初から主戦場を米ツアーに定め、2年以内にそこで優勝することを目標として掲げたところが、ライバルたちとの大きな違いなのはいうまでもない。

もちろん、日本女子オープンに勝って、日本ツアーでの5年シードを手に入れていたというアドバンテージはあった。しかし、この時点で米女子ツアーに出場できる保証はなかったが、それでも「下部ツアーでも」と、QTに挑んで14位となり、2017年のシーズンを戦った。

ルーキーイヤーは、19試合に出場して予選通過7回で賞金ランキングは140位と苦しみ、再びQT行きを余儀なくされた。シーズン途中には、武器となるショットが悪くなり、泣きながら母の博美さんに「帰りたい」と電話したこともある。試行錯誤の末、秋の帰国後、連戦でトップの位置が狂っていることに自分で気づいてこれを修正。すぐに「ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープン」でプロとして初優勝。翌週のナショナルオープンで連覇を達成し、自信を深めて臨んだQTをトップ通過してみせた。

畑岡の強さの第2のヒミツはここにある。ジュニア時代から長期間特定のコーチに見てもらうことがなかったため、自分で考える力、修正する力が養われているのだ。もちろん、コーチに続けて見てもらうことの良さもある。客観的な目があることで、大きくゴルフが狂うのを食い止めやすいからだ。ただ、そのぶん、自分で考える力は意識しないと育てにくい。“耳と耳の間(頭)でするスポーツ“といわれることもあるゴルフで、自然にこれを培ったのは大きな武器を手にしたのと同じことだ。

満を持して挑んだ18年は、何度も上位に食い込み、5月には2位惜敗を喫するなど、実力がついてきたことがはた目にもわかる状態で、誰もが認める実力通りの優勝だった。

今季が始まる前に取材した折、やりたいことを尋ねると、最初に「トレーニングと練習です」という答えが返ってきた。「犬と遊ぶこととディズニーランドに行きたいです」という18歳らしい言葉は、その後にオマケのようについてきた。

「練習したい」と、口にするプロゴルファーは多い。だが、この言葉は2つの意味を持っている。純粋な「練習したい」と、不安からくる「練習しなくちゃ」が変換された「練習したい」。この違いは大きい。誰かに「やらされている」のではなく、自ら望んで、ゴルフをしているからこそだろう。

ハワイの試合前週にもかかわらず、4月の「マスターズ」にも観戦に行っていたと聞く。オーガスタのある東海岸からハワイまでは、日本から行くより距離があるほど、遠い。それでも、世界一の舞台を見に行ったのは、志の高さに他ならない。プロでも特に女子プロの中には、メジャーといえどもあまり興味を示さない者も少なくない。自分の試合で手いっぱいなのはわかるが、ここでも大きな差が生まれているのではないか。

優勝した後、畑岡の目標は2勝目、3勝目へと上方修正された。プロ入り当初、掲げた3つのうち、初優勝は達成した。2つ目が「5年以内のメジャー優勝」だが、今週は全米女子プロゴルフ選手権を始め、早いうちにタイトルに手が届く可能性も十分に感じさせている。3つ目の東京五輪での金メダルだけは、2年先にならないとかなわないが、このまま自分と戦い続けていけば、これもNASA砲の射程圏内にとらえられるに違いない。(文・小川淳子)

<ゴルフ情報ALBA.Net>

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