ハリル監督に拭えぬ不信感 代表監督の「本分」を果たせているのか?

ハリル監督に拭えぬ不信感 代表監督の「本分」を果たせているのか?

日本代表のハリルホジッチ監督(写真:Getty Images)

 スペイン語で監督は「Entrenador」。トレーニングする人、という意味である。

 一方で、代表監督は「Seleccionador」と呼ばれる。選ぶ人、という意味である。

 同じ監督でも、仕事は異なるわけだ。

 代表監督は、自ずとトレーニングする時間は限られている。招集して二日後に試合なんてこともあり得る。率直に言って、どれだけ卓抜とした監督でも、すべての戦術を浸透させることは不可能だろう。イタリアの名将、アリゴ・サッキでさえ最後はさじを投げ、ロベルト・バッジョ一人の魔法に託した。トレーニングして代表を強化する、というのは難しい。

 だからこそ、「選ぶ」という行為がとても重要になってくる。

 9月29日、日本代表のヴァイッド・ハリルホジッチ監督は10月のW杯予選に挑むメンバーを発表している。海外組でベンチを温める選手が多く選ばれる一方、国内組でコンディションが良く、結果を残している選手が外れ、支持が得られている状況ではない。もっとも、代表監督は選ぶことが仕事であって、全権を託されている。本来、選んだ選手で納得できる結果を叩きだしていれば、異論を挟む余地はないのだが……。

「なぜ、この選手たちを選んでしまったのか、私にも分からない。選ぶ選手が他にいなかったのだろう。まあ、選んだ監督の責任である」

 9月1日に行われたW杯最終予選の初戦、ホームでUAE相手に1‐2とまさかの敗戦を喫した後、ハリルホジッチ監督は自棄を起こしたようにこんな言葉を口にした。

 ボスニア系フランス人指揮官は「日本サッカーを改革する」という意気込みかもしれないが、それは直接的な代表監督の仕事ではない。継続的に結果を残す、しかも旬な選手を選ぶ。その選手たちの士気を高め、束ね、統率し、ピッチに向かわせる。そして勝たせるのが仕事だろう。その戦いを見せることによって、あくまで間接的に日本サッカーを革新させるのが好ましい。

 就任以来、単純なフィジカルに絞った選考で選んでは外す、の繰り返し。「結局は出場機会を失った海外組に頼るしかない」という構図が透けてしまう。前任のハビエル・アギーレは評判こそ良くなかったものの、彼でさえ半年足らずで武藤嘉紀(マインツ/ドイツ)を見いだしていた。伝説の名将ルイス・セサル・メノッティは「選手を進化させるのが監督の本分」と語るが、ハリルホジッチ監督に関しては1年半が過ぎても、相当する選手が一人もいない。

 「選ぶ」。 その部分で、不信感が拭えないのだ。

 ハリルホジッチ監督のJリーグに関する指摘はもっともな点も少なくないが、メンバー選考については腑に落ちない。例えば新たに招集した永木亮太(鹿島)は好選手だが、シーズン全体では定位置を確保できていない。28歳と若くなく、それでも今のタイミングで選ぶべきなのか。バックアッパーなら23歳と若い橋本拳人(FC東京)、ブラジルW杯予選を戦った中村憲剛(川崎)、高橋秀人(FC東京)、アギーレ時代の代表である田口泰士(名古屋)も……。

 しかしながら、誰を選んでくれ、と叫ぶのは意味がない。

 なぜなら、選ぶことが代表監督の本分だからである。ただ、自らが選んだ選手が躍動しなかったら――。それは監督の責任で、「選ぶ選手がいない」という言い訳は通用しない。(文=スポーツライター・小宮良之)

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