悪いのはハリルだけか 監督解任劇の裏に潜む私怨と巨悪

【サッカー日本代表のハリルホジッチ監督解任】解任劇の裏に田嶋幸三会長の私怨か

記事まとめ

  • 日本サッカー協会の田嶋幸三会長が日本代表のバヒド・ハリルホジッチ監督の解任を発表
  • 原博実氏と霜田正浩氏協会を去ったことが今回の非常事態を招いたきっかけだと六川亨氏
  • 田嶋会長は原、霜田両氏が招聘したハリル監督と良好な関係を築こうとはしなかったそう

悪いのはハリルだけか 監督解任劇の裏に潜む私怨と巨悪

悪いのはハリルだけか 監督解任劇の裏に潜む私怨と巨悪

会見で視線を落とす田嶋会長(左)新監督に就任する西野朗氏(C)日刊ゲンダイ

緊急連載【ハリル解任と日本代表の運命】

 日本サッカー協会の田嶋幸三会長(60)が昨9日、都内で緊急会見を開き、W杯ロシア大会(6月14日開幕)に出場する日本代表のバヒド・ハリルホジッチ監督(65)を解任したと発表した。後任は1996年アトランタ五輪監督の西野朗技術委員長(63)が務める。

■会長は弁明と正当性の主張に終始

 W杯出場決定後の監督交代は、日本サッカー史上初の事態だ。同会長は「マリ戦(日本時間3月23日)、ウクライナ戦(同27日)の期間、選手とのコミュニケーションや信頼関係が薄れたこともあり、この結果になった」と理由を説明。W杯開幕まで2カ月しかないが、「決断が遅い? 予選を戦っている時から代えるリスク、代えないリスクを話してきた。状況が最後の最後に変わってしまった。最後までハリルホジッチ監督のチームで固まれるようにと努力した。残念ながらそれが実現できなかった。協会の責任? (W杯本大会の)2カ月前であったにもかかわらず、このような選択をしたのは、勝つ可能性を数パーセントでも上げたいから。状況を打破するため、監督を交代するという決断をした」と弁明に終始した。

 それでも「ベルギー遠征前からも信頼関係が揺らいでいた。技術委員長だった西野さんにも責任があるのでは?」と報道陣から厳しい質問が飛ぶと、「(昨年12月16日のE―1選手権)韓国戦に大敗した後も多くの議論をし、そこでも代えるリスクと、本当に代えるとしたら誰がいいんだと議論をした。西野さんはハリルホジッチ監督を最後までサポートした。技術委員長として、代表チームをサポートしてくれていた。サポートすることを最後までやってくれていたから、私は西野さんを選んだ」とかばい続けた。

 自身の立場については「ここまでになった責任はあるかもしれない」と言いながらも、「放置してそのまま責任がなくなるかというとそうではない。日本サッカーの発展を第一に考えないといけない。W杯で勝つ可能性を数パーセントでも上げたい。むざむざ、この状況を見ているわけにはいかなかった。この状況を打破するために決断をした」と最後まで自身の正当性を主張した。

 この日の会見でそんな田嶋会長を「いかに技術委員会が機能していないかが分かった。日本は(W杯本大会で)ベスト16がノルマになると思うが、それが達成できなかった場合、会長は責任をどう取るつもりか?」とただした、元サッカーダイジェスト編集長の六川亨氏がこう言う。

「この期に及んで、というのが正直な感想です。大ナタを振るうならもっと前にそのタイミングがあったのではないか。今からW杯を託される新体制に、わずかな期間でなにができるのか。そもそもこの混乱を招いた最大の原因は田嶋会長にあります。2016年の日本サッカー協会会長選に当時の田嶋副会長と原博実専務理事の2人が出馬、史上初の選挙が行われました。勝った田嶋副会長が会長になると、協会ナンバー3だった原専務をヒラの理事に降格。結果的に原理事は協会を追われ、技術委員として原理事とタッグを組んでいた霜田正浩元技術委員長もその後、協会を去ることになった。これが今回の非常事態を招いたきっかけだと思います」

■ビジョンより政治や権力

 原、霜田両氏はザッケローニ監督で臨んだ14年のブラジルW杯で1分け2敗の惨敗を喫したことで、パスを回してボール支配率を上げるポゼッションサッカーの限界を痛感し、アギーレ監督を招聘。日本人と体格が似ているメキシコ代表監督として結果を出した指揮官のもと、メキシコ流のサッカーを目指した。そのアギーレ監督が就任半年で八百長関与疑惑によって解任されると、間近に迫っていたロシアW杯アジア予選、そして本大会でのジャイアントキリングを狙って、ハリルホジッチ監督に白羽の矢を立てた。

「少なくとも原、霜田両氏には、日本代表が目指すべきサッカーは何か、W杯で結果を出すために何が必要か、彼らなりの確固たるビジョンがありました。両氏は欧州をはじめとした各国に独自の人脈を持ち、歴代監督としっかりコミュニケーションを取っていた。田嶋会長体制からはそのビジョンが感じられないし、外国人監督選びに対してパイプもあるとは思えません。協会に2人が残っていれば、ハリルホジッチ監督をうまく操縦できたはずだし、選手との関係もここまでひどいものにならなかったと思う。その意味でも田嶋会長の責任は大きいと思うのです」(前出の六川氏)

 田嶋会長は、“政敵”になった原、霜田両氏を駆逐し、彼らが招聘したハリルホジッチ監督と当初から良好な関係を築こうとはしなかったともっぱらだった。

 田嶋体制以前には、当時の川淵三郎会長が独断でジーコ、オシム両監督の招聘を決定。それはまさに鶴の一声という様相だった。06年ドイツW杯で1次リーグ敗退の惨敗を喫し、ジーコ日本に対する批判が噴出した直後に、川淵会長はドイツからの帰国会見の席で後任監督として交渉中だったオシムの名前を口にし、批判を瞬く間に新監督への期待に変えた。国民的関心事になった代表監督の人選は、時に政治的に利用され、時に権力者が力を誇示するための道具にされ、時に今回のように私怨に使われる。

 ビジョンは二の次という根本的な問題が、日本代表とサッカー協会にはあった。それが今回、最悪の形で火を噴いたわけだが、実は西野技術委員長の監督就任を巡っても水面下ではドタバタが繰り広げられていた。

(つづく)

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