弱音を吐く息子を鼓舞したら「僕の愚痴は誰に言ったらええんや」と愛媛の母に電話を【鎌田大地 叩き上げの原点】

弱音を吐く息子を鼓舞したら「僕の愚痴は誰に言ったらええんや」と愛媛の母に電話を【鎌田大地 叩き上げの原点】

弟の大夢(20=右)は埼玉・昌平高からJ3福島入りした(提供写真)

【鎌田大地 叩き上げの原点】#7

 京都府の高体連の名門といえば古豪の山城、森岡亮太(シャルルロワ)を輩出した久御山、小屋松知哉(鳥栖)らを輩出した京都橘などが有名だが、東山高は鎌田が入学する数年前からグングンと力をつけてきた。「大地が中3の時に高円宮杯プリンスリーグの関西2部、高1・2で同1部、高3の時にプレミアリーグと昇格を続け、京都の強豪校の仲間入りを果たしました」と父・幹雄さんも言う。その立役者が恩師・福重良一監督。かつて京都でプレーした目利きの元Jリーガー監督が、鎌田飛躍のキーマンになった。

  ◇  ◇  ◇

 鎌田が東山高に進学したのは2012年春。入学前の入部挨拶で福重監督は驚いてしまった。

「鎌田は私服で耳にイヤホンをつけたまま、伏し目がちにボソボソとしゃべるんです。人見知りの性格だと聞いてはいましたけど、メンタリティーから変えないといけないと痛感しました」

 それから鎌田は、グラウンドで監督に会うたび「ちゃんとしろ」と言われる。試合メンバーから外され、ベンチでお説教を受けたこともあった。

「鎌田に話したことの8〜9割が、人間性に関すること。そこが変わればプレーの質も幅も、必ず良くなるという確信があったから、きつく言い続けたんです」と恩師は本音を吐露する。

「東山高を勧めてくれたのは、福重監督と大阪体育大時代の同期で日章学園中を全中2連覇へ導いた三笘康之監督(現在は奈良学園登美ケ丘中学校・高等学校)でした。彼は三笘薫選手(サンジロワーズ)の叔父に当たり、サッカーを<見る目>を持っている。『福重は良い監督だし、東山高はこれから伸びるから息子を行かせた方がいい』と太鼓判を押してくれたんで、何も心配することはなかったですね」

■実家を離れ父と2人暮らし

 こう振り返る父・幹雄さんは大地が高2になるタイミングで愛媛から兵庫県に転勤。それまで1年間、東山高の寮生活を送っていた息子と尼崎市内で2人暮らしをすることになった。より身近で息子を見守り、支えられるようになったという。

「自宅から高校までは片道2時間近くかかります。大地は午前5時台の始発で家を出て、戻るのは午後10時ごろ。食事は鍋物やカレー、肉料理やパスタなど私が作りました。最初は弁当も作るつもりで1回持たせたら、おいしくなかったのか『もうムリせんでいいわ』と言われてしまった(苦笑い)。それからは学食が基本になりました。時々、同級生のお母さんが作ってくれたりもして、本当にありがたく感じましたね」

■キャプテン志望

 息子は福重監督の高い要求に応えるため、サッカーに集中して夜遊びなど問題を起こすことも一切なかった。努力の甲斐あって高1からボランチやFWで試合に出るようになったが、一方で「自分がやらなあかん!」という気持ちが強くなり過ぎる傾向にあった。

 その精神的重圧を親として「うまく受け止めることができなかった」と幹雄さんは反省する。

「大地が高2の時のチームは『あまり強くない』と発足時に言われていて、勝てないことも多かったんです。高1のころから試合に出ている数少ない選手ということでプレッシャーも大きかったんでしょう。本人もちょっとした愚痴を言ってきたことがありました。でも私は『プロになりたいなら弱音を吐いていたらダメだ』と考え、『全て自分のことと捉えてやらなあかん』と鼓舞したんです。大地はその直後、愛媛の妻に電話を入れて『僕の愚痴は誰に言ったらええんや』とこぼしたと聞きました。それで私も反省して、弟の大夢(J3・福島)の話はできるだけ聞こうとした。その姿を見て大地が『お父さんも変わったな』と苦笑いしていましたね」

 父の援護射撃を受けながら、高2のプリンス関西で得点王とアシスト王の2冠を獲得。高3になるに当たって「キャプテンをやらせてほしい」と福重監督に自ら申し出た。

「それまでの鎌田は自分の活躍を第一に考える男だったので、100人以上の部員を引っ張れるタイプではないと考えていました。でも『先輩たちの思いを含めて自分がやらないといけない』と覚悟を口にした。直後から『みんなで朝練をやる』『携帯は朝に全員分を集めて先生に預ける』といったルールを次々と作り、チームに浸透させていった。『3年間でここまで変わったやつもいない』としみじみ感じました」と恩師も成長を認めた。 =つづく

▽鎌田大地(かまだ・だいち) 1996年8月5日生まれ。愛媛県出身。キッズFC−G大阪ジュニアユース−東山高−鳥栖から2017年にフランクフルトに移籍。昨季トップ下で5得点、リーグ3位の12アシスト。19年3月のコロンビア戦で代表デビュー。同10月のモンゴル戦で代表初ゴール。身長184センチ・体重73キロ。

【父・鎌田幹雄さん】1969年4月生まれ。鳥取市出身。鳥取東高、大阪体育大卒。兵庫・尼崎在住のサラリーマン。
【母・貴子さん】1970年11月生まれ。大阪・岸和田市出身。砂川高から専門学校。兵庫・西宮で「ジャザサイズ」のインストラクター業をフランチャイズで運営。

(元川悦子/サッカージャーナリスト)

関連記事(外部サイト)