鎌田大地が選んだ意外な進路「僕は人との巡り合いの運がすごく強い」【鎌田大地 叩き上げの原点】

鎌田大地が選んだ意外な進路「僕は人との巡り合いの運がすごく強い」【鎌田大地 叩き上げの原点】

東山高で鳥栖の入団発表(左から鳥栖・永井強化部長、鎌田、東山高・奥田学校長、東山高サッカー部・福重監督)/(提供写真)

【鎌田大地 叩き上げの原点】#8

 東山高時代に自らキャプテンを名乗り出るほどの責任感ある人間に成長した鎌田は、高3の高円宮杯プレミアリーグウエストで得点ランク4位に浮上。一躍脚光を浴びるようになった。憧れの全国高校サッカー選手権には出られなかったものの、複数のJリーグクラブから興味を示された。が、逸材が選んだのは、プロビンチャ(地方の中堅・弱小クラブ)のサガン鳥栖(佐賀)。やや意外な印象は拭えなかった。

  ◇  ◇  ◇

「大地は昔から海外志向が強くて『大学経由では年齢的に遅い』と考えていました。高校からプロになるのが目標達成の早道。それがかなわなかったらプロは諦め、楽しみながら大学でプレーする気持ちでいたようです。でも高2くらいから目に見える結果を残し始め、高3のプレミアリーグで10得点したことで、いくつかのJクラブから興味を持ってもらえた。本人の希望がかないそうで、親としてもうれしく感じていました」と当時、兵庫・尼崎で同居していた父・幹雄さんはしみじみ語る。

 最初に熱意を示してくれたのが、「オリジナル10」の清水エスパルスだ。

 高2の秋に練習へ参加した際、当時のゴトビ監督が卓越したスキルとサッカーセンスを高く評価。「ぜひウチで取りたい」と言ったが、その指揮官が2014年7月に解任され、話は立ち消えになってしまった。

 その後、古巣のガンバ大阪、セレッソ大阪にも練習へ参加したが、正式オファーに至らなかった。最終的に獲得意思を示してくれたのは、鳥栖だけだったという。

「サッカーに集中でき、自分を成長させられるクラブだ」という確信を本人も持っていた。

「大地から『鳥栖に行きたい』と聞かされた時、『いい選択だな』と率直に感じました。ガンバのユースに上がれなかった経験から『人間は一番良いところに落ち着くもんだ』という、いい意味での<悟り>が私の中にはありました。大地がそう決めたのなら真っすぐ進めばいいし、クラブの大小は関係ない。どこでやるにしても、試合に出て活躍することが大事ですからね。息子の決断を家族全員で喜びました」

 こう語る幹雄さんは次男・大夢が20年に埼玉・昌平高からJ3福島入りした時も、まったく同じスタンスで向き合った。

■縁のある環境でベストを尽くす

「大夢もJ1で興味を持ってくださったクラブがあったようですけど、やっぱり<縁のあるところ>で頑張るのが一番。そうすれば必ず道は開ける。そう信じています」と語気を強めた。

 こういった父の考えを鎌田自身もしっかりと胸に刻んでいる。

「僕は人との巡り合いの運がすごい強くて、本当に必要な時に必要な人と会わせてもらい、それで僕の足りないものがどんどん補われていき、今の自分があるっていう感じなんです」と鳥栖でのプロ2年目がスタートしたばかりの16年1月、鎌田は静かに語っていた。

 振り返れば幼・小時代の飯尾始監督に始まり、ガンバユース時代の梅津博徳コーチ(現横浜U-13コーチ)、東山高の福重良一監督、鳥栖1年目の森下仁志監督(現ガンバユース監督)と要所で引き上げてくれる人々と出会ったことで鎌田は階段を駆け上がり、順調なプロキャリアをスタートすることができた。「縁のある環境でベストを尽くす」という父の哲学を貫くことがサッカー人生を切り開く原動力になったのである。

 15年に鳥栖入りし、5月10日の松本山雅戦でJ1デビュー。同時にプロ初ゴールを決めた。

 その時点では「若かりし日の中村俊輔(横浜FC)を彷彿させる抜群のセンスの持ち主」という声も聞かれた。そんな高評価に浮かれることもなく、鎌田は飽くなき野心と向上心を持ち続けてサッカーに没頭した。

「プロ1年目は毎日3部練。朝7時半から1時間弱走って午前9時から1時間ストレッチや体幹をやり、10時から2時間は午前練。その後シュート練習をして昼食・休養の後、午後3時から1人でボールを蹴ってました。夜も体のケアをした後は早く寝てましたね」と本人が言うように、高校を出たばかりなのに超ストイックな生活を送っていたというから驚きだ。

 遠く離れた息子の目に見えない努力と苦労に思いをはせつつ、幹雄・貴子夫妻はプロとしての成功を祈り続けた。=つづく

▽鎌田大地(かまだ・だいち) 1996年8月5日生まれ。愛媛県出身。キッズFC−G大阪ジュニアユース−東山高−鳥栖から2017年にフランクフルトに移籍。昨季トップ下で5得点、リーグ3位の12アシスト。19年3月のコロンビア戦で代表デビュー。同10月のモンゴル戦で代表初ゴール。身長184センチ・体重73キロ。

【父・鎌田幹雄さん】1969年4月生まれ。鳥取市出身。鳥取東高、大阪体育大卒。兵庫・尼崎在住のサラリーマン。
【母・貴子さん】1970年11月生まれ。大阪・岸和田市出身。砂川高から専門学校。兵庫・西宮で「ジャザサイズ」のインストラクター業をフランチャイズで運営。

(元川悦子/サッカージャーナリスト)

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