今季J1にVAR導入でも「誤審がなくなるわけではない」 【六川亨のフットボール縦横無尽】

今季J1にVAR導入でも「誤審がなくなるわけではない」 【六川亨のフットボール縦横無尽】

西野朗監督率いるタイ代表の決勝トーナメント進出にタイ国内も大盛り上がりだったが…(C)Norio ROKUKAWA/office La Strada

【六川亨のフットボール縦横無尽】

 2月8日に埼玉スタジアムで行われた「FUJI XEROX SUPER CUP 2020」で珍しいシーンに遭遇した。

 2019年のJ1リーグ優勝の横浜F・マリノスと天皇杯優勝のヴィッセル神戸との試合は3−3からPK戦に突入したが、なんと両チーム合わせて9人が連続してPKを失敗したのである。

 GKの好セーブもあれば、クロスバーや左右両ポストに嫌われる……そのたびに両チームのファンやサポーターからは、大きな溜息と安堵の声が漏れた。

 試合はPK戦を3−2(!)で制した神戸が初優勝を飾ったが、両チームとも昨シーズンからのスタイルを継続しているため、記者席から見ていても仕上がりの早さを感じさせた一戦でもあった。

 この試合で注目されたのが、2020年シーズンのJ1リーグとルヴァン杯プライムステージなどで導入されるVAR(ビデオ・アシスタントレフェリー)だ。

 前半36分、神戸GK飯倉と2019年シーズンのMVPである横浜M仲川が激突。こぼれ球を横浜Mのマルコス・ジュニオールが頭で押し込み、1−1同点に追いついたシーン。「GKへの反則ではないか?」と思ったが、VAR判定の結果、同点ゴールは認められた。

 際どいシーンだっただけに、VARでの判定がなければ「誤審」が生まれていたかも知れない。

 VARのなかった昨シーズンは、こういった場面が物議を醸し出した。

 浦和対湘南で湘南の杉岡のシュートが左サイドネットに吸い込まれながら、跳ね返ったボールを浦和GK西川がキャッチしたことで山本主審はノーゴールと判定した。

 鳥栖対FC東京ではアディショナルタイムの5分、鳥栖の金井が決勝点を決めたのだが、その前のプレーでボールは鳥栖の豊田の手に当たっており、しかもこぼれ球を押し込んだ金井の立ち位置はオフサイドだった。

 試合自体は鳥栖の2−1の勝利で終了した。

 しかし、正確なジャッジが下されて1−1のドロー決着だったら、鳥栖の最終順位は16位となって徳島とのJ1参入プレーオフに回った可能性が高い。勝ち点1を“失った”格好のFC東京にもJ1優勝のチャンスが広がったことだろう。 

 それだけに微妙な判定について「VARがあれば……」と佐藤審判もジャッジを悔やんでいた。

■サッカーがどう変わっていくのか

 さて……VARと聞けば、1月にタイ・バンコクで開催されたUー23(23歳以下)アジア選手権の準々決勝タイーサウジアラビア戦でサウジアラビアがPKを獲得したジャッジに触れないわけにはいかないだろう。

 問題となったシーンを振り返ってみよう。

 タイの選手がペナルティーエリアの外でサウジアラビアの選手のユニホームを引っ張った。最初は、ユニホームをつかんでいた手が相手の体から離れていたものの、ペナルティーエリア内では手が体に接触していた。

 タイの選手がクリアしてサウジアラビアの攻撃は途切れたため、オマーン人主審はタイの選手の反則を認め、ペナルティーエリア外でのFKでリスタートしようとした。すぐに笛を吹かなかったのは「主審がアドバンテージを取った」と推測でき、反則のあった時点でのプレーの再開を選択したと思った。

 記者席で見ながら「これはこれで正しいジャッジ」と納得した。

 ところがVAR判定の結果、サウジアラビアにはPKが与えられ、これが決勝点となって地元タイのベスト8での敗退が決まった。

 このシーンとジャッジについて、日本サッカー協会(JFA)の審判委員会が開催した「JFAレフェリングカンファレンス2020」(6日)を取材した際、同大会に参加した佐藤主審に聞くと「ファクト(事実)を見るか、事象を見るか、で変わってきます。VARでは、ペナルティーエリア内でも強い力ではないが、ユニホームをつかんでいたのは事実。ホールディングとして反則を取るならPKになります」とタイ選手のユニホームをつかんだファクトでPKになったと説明した。

 佐藤主審によると「VARが導入されたら、常に自身のジャッジの内容=どういう理由で反則を取ったか、取らなかったか=をVARに報告してなるべくVARからの介入を避けるようにしている」とも話してくれた。

 そもそも、VARから「リコメンド(推薦)」と言われると必ず笛を吹いてプレーを止め、問題のシーンを何度も繰り返して確認した(ビデオ・レビューした)VARからの報告を受けなければならないという。

 ちなみにタイ対サウジアラビアの主審は、問題のシーンを自身で見ようとOFR(オン・フィールド・レビュー)に行こうとしたが、結局は行かないでジャッジをPKに変えた。このことについては、佐藤主審は「OFRをすると1分以上かかります。選手も手持ち無沙汰になるし、試合の流れも切れ切れになります。このため主審はできるだけOFRをしないようにしているので、見るのをやめたのでしょう」と佐藤主審は<OFRは必ずしもやる必要はない>ことを教えてくれた。

 最後に佐藤主審は、問題のシーンについて「私だったらPKにはしません」と本音を明かしてくれ、さらに「VARが導入されたからといって誤審がまったくなくなるわけではありません」とVARが必ずしも万能でないことも付け加えた。

 21日からスタートする2020年シーズンのJ1リーグ。今までは誤審があっても「人間のやることだから」と許容する雰囲気があった。

 1966年イングランドW杯の決勝。イングランド対西ドイツ(当時)戦は延長にもつれ、ジョフ・ハーストのシュートがバーを叩いて落下したプレーでスイス人主審はゴールを認め、イングランドが初優勝を果たした。

 このシーンについて西ドイツの人々は「外に跳ね返っていたのでノーゴール」と主張。イングランド人は、当然ながらゴールを主張した。

 その試合でプレーしていたドイツの皇帝フランツ・ベッケンバウアーは「誤審があるからこそ議論を呼び、人々の記憶に残る」と半世紀以上も前のプレーが今も語り継がれることの重要性を指摘した。1986年メキシコW杯のマラドーナによる<神の手>によるゴールもまた、然りである。

 これからは主審ではなく、VARの判断に議論が集中することだろう。<VARの時代>到来によって、サッカーがどう変わっていくか? 注視していきたいと思う。

(六川亨/サッカージャーナリスト)

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