「水分補給」に見る日本代表の脆弱さ−−その重要性とメッシが強烈な印象を残した北京五輪決勝でのシーンとは

「水分補給」に見る日本代表の脆弱さ−−その重要性とメッシが強烈な印象を残した北京五輪決勝でのシーンとは

宮澤ミシェル氏の連載コラム、今回のテーマは水分補給

サッカー解説者・宮澤ミシェル氏の連載コラム『フットボールグルマン』がスタート!

現役時代、Jリーグ創設期にジェフ市原(現在のジェフ千葉)でプレー、日本代表に招集されるなど、日本サッカーの発展をつぶさに見てきた生き証人がこれまで経験したこと、現地で取材してきたインパクト大のエピソードを踏まえ、独自視点でサッカーシーンを語る――。

第3回は、水分補給の重要性と日本代表の不安要素について、そこから思い出される北京五輪で見たメッシの強烈な印象とは…。

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今回のテーマは、これから暑くなる日本でサッカーをするには絶対に欠かせない“水分補給”。代表戦はもちろん、高校サッカーなどでも試合が中断するたびに選手が水を飲む光景は現在では当たり前になった。今どき、小さな子どもでも「夏場は水分補給が大切」であることを知っている。

しかし、私が高校生だった1970年代当時、練習中や試合中は「水は飲むな」と指導されていた。もちろん、終わったら水分補給はしっかりしていたが、試合中は飲めない。だから、時には後半に頭が痛くなってくることもあった。今なら、それは熱射病や熱中症だとわかるけど、当時そういう知識がなかった私は「気合いが足りないんだ」と勘違いをして無理をしていた。

あの頃、夏場で最もキツかった練習がグラウンドを同じペースで30周走るトレーニングだった。監督も練習につき合っていられず、助監督に任せてしまうほどの炎天下。そんな暑さの中で走り続けていたら倒れてしまうことは生徒もわかっていた。

だから、グラウンドの隅っこにある草むらをあえて刈らずに、水筒を隠せるようにしておいたんだ。ペットボトルがない時代だから水筒に水を入れてそこに置き、走る集団からひとりずつ抜け出して水を飲んで休んだ。下級生で倒れそうなヤツから先に飲みに行かせてね。

それが監督にバレたら全員正座なんだけど、飲まないで倒れても「ふざけるな!」と監督にドヤされる。だったら飲んだほうがいい。そんな時代だったね。

今は小さい頃からしっかり給水するように指導を受け、Jリーグはもちろん、学生レベルの試合でもピッチ脇に給水ボトルを置くことは常識になった。だけど、アウェーでの試合では十分に給水ボトルがないこともしばしばで、その影響で日本選手の運動量が落ちることもあった。

一方のシンガポール代表は暑さをものともせずに動き回っていたのを覚えている。日本の夏よりもさらに蒸し暑いシンガポールで足が止まってしまったとも考えられるが、暑さ対策はこれからも大きな課題になるだろう。

また、最近は国内での試合でも走力が落ちているように感じる。実際、去年9月に行なわれたW杯アジア最終予選、ホームのUAE戦では試合が止まるたびに日本の選手たちが「水を!」と要求する姿が印象に残った。

結果、日本代表は1−2で負けた。もちろん、パフォーマンスを維持するために水を飲むことは必要なのだが、試合当日は気温27度、湿度38%とそこまで厳しい条件ではなかったので「それでもこれしか走れないのか」と少しガッカリしたことも事実だ。この試合は国内だったから水をいくらでも用意できたが、もしアジアのアウェーでの試合だったらと想像するとゾッとする。

そして「水分補給」でいつも思い出す、私にとって強烈なインパクトのあったシーンがある。2008年北京五輪のアルゼンチンvsナイジェリアの決勝で、前半30分にレフェリーが「給水タイム」で試合を止めた時のことだ。

昼12時のキックオフで気温は32度。アルゼンチン側の要請もあって試合が中断されたのだが、その時にボールを持って攻撃していたのはアルゼンチンだったから、リオネル・メッシとアンヘル・ディ・マリアがものすごい剣幕でレフェリーに詰め寄っていた。

つまり、「自分たちのペースでいいところなのにこんなタイミングで試合を止めるな!」と伝えたかったのだろう。ふたりとも、ひとしきり不満をぶちまけた後、浴びるように水を飲んでいたけどね(笑)。

そして、後半12分にメッシが相手ボールを奪い、ディ・マリアがドリブルで一気に攻め上がって決勝点を決めて、アルゼンチンは金メダルを獲得した。試合の流れを見極めて、徹底的に勝負にこだわる選手が最後は試合を決める。

現場でこの決勝を見て、水分補給はもちろん重要だが、「勝利への執念」はさらに重要だと痛感させられた。日本サッカー界にもそんなタフな選手がこの先たくさん現れてくれることに期待したい。

【北京五輪で見たメッシの勝利への執念】星4つ ☆☆☆☆

(構成/津金壱郎 撮影/山本雷太)

■宮澤ミシェル ?







1963年 7月14日生まれ 千葉県出身 身長177cm フランス人の父を持つハーフ。86年にフジタ工業サッカー部に加入し、1992年に移籍したジェフ市原で4年間プレー。93年に日本国籍を取得し、翌年には日本代表に選出。現役引退後は、サッカー解説を始め、情報番組やラジオ番組などで幅広く活躍。出演番組はNHK『Jリーグ中継』『Jリーグタイム』など。

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